The Japanese Journal of Psychonomic Science 2022, Vol. 41, No. 1, 19–27 DOI: http://doi.org/10.14947/psychono.41.4 藤田: 両眼立体視の大脳生理学的基盤 講演論文19 両眼立体視の大脳生理学的基盤 1 藤 田 a b 一 郎 a, b 大阪大学 立命館大学 Cortical mechanism of binocular stereopsis: How our brain constructs the 3D world Ichiro Fujitaa, b a b Osaka University Ritsumeikan University The world looks vividly three-dimensional when we use the two eyes; every object has thickness, occupies a volume, and is separated in depth from others. This perception largely relies on processing of binocular disparity, a small horizontal shift between the projections of each visual feature onto the left and right retinae. Binocular disparity is detected in the primary visual cortex (V1) by a process similar to calculation of cross-correlation between the left and right retinal images. The neural signals from V1 are then processed along both dorsal and ventral pathways. Dorsal pathway areas MT and MST represent absolute disparity as in V1, and mediate coarse stereopsis and reflexive vergence eye movement. Ventral pathway areas V4 and IT compute relative disparity between features and are involved in fine stereopsis. V4 and IT convert the correlation-based signals into disparity representations of binocularly matched features, solving the stereo correspondence problem. MT neurons shows responses intermediate between the correlation-based and match-based representations. The two pathways thus contribute to stereo perception in a complementary and parallel manner. Ke y words : stereopsis, binocular disparity, correspondence problem, reversed depth perception, ventral visual stream 多くの人にとって,二つの目で見る世界は片方の目だ の目の間で水平方向にわずかにずれる。このずれ(両眼 けで見た時には感じられない奥行き感を伴う。個々の物 視差)の方向と大きさは,その視覚特徴が注視面に対し 体は厚みを持ち,空間内で一定の容積を占め,他の物体 てどれだけ手前あるいは奥に位置するかに依存して決ま との間には前後方向に何もない空間があることを,理解 る。この関係を利用することで,脳は,個々の視覚特徴 するだけでなく,感じることができる。 の両眼視差から,物体の奥行き位置や面の構造,外界の この知覚が生じるのは,右目と左目が異なる角度から 3 次元レイアウトを算出する(Wheatstone, 1838)。 世界を眺めているからである。その結果,物体の輪郭局 両眼視差は知覚や行動の幅広い側面に利用される。物 所や模様の一点など視覚特徴の網膜への投影位置は左右 体の奥行き位置と三次元構造を知るのに役立つだけでな く,物体への働きかけ(例: 手を物体に伸ばし,つか Correspondence address: Graduate School of Frontier Biosciences, Osaka University, 1–4 Yamadaoka, Suita, Osaka 565–0871, Japan. E-mail: fujita@fbs.osaka-u.ac.jp 1 本論文は,日本基礎心理学会第 40 回大会(大阪) における特別講演「3 次元世界を見る脳のカラクリ: 両眼立体視の大脳生理学的基盤」の内容をまとめた ものである.本論文の執筆は,科学研究補助金「霊 長類大脳中期視覚野における並列情報処理の解明」 (JP21H02596)の援助を受けた. み,操作する) ,眼球の反射的輻輳開散運動の制御,環 境内での移動,さらには大きさの知覚(例: 大きさの恒 常性)にも関与している。過去 20 年の生理学,心理物 理学,理論モデル,脳機能イメージングに基づく研究 は,これらの機能を支える情報処理過程の理解を大きく 進めた。本稿では,その進展を概説する。 Copyright 2022. The Japanese Psychonomic Society. All rights reserved. 基礎心理学研究 20 1. 両眼視差を処理する視覚経路 第 41 巻 第1号 脳機能イメージング,動物における電気生理学的研究の 結果に基づいていた(Livingstone & Hubel, 1988; Sakata, 左右の目からの情報は大脳皮質一次視覚野(V1)で Taira, Kusunoki, Murata, & Tanaka,1997; Gonzalez & Perez, 個々の神経細胞に収斂し,多くの V1 細胞が,視覚刺激 1998)。たとえば,腹側経路の最終段連合野 IT は色や形 が特定の両眼視差範囲にある時に反応する性質(視差選 の情報を送る細胞が豊富に存在し,それらがコラム構造 択性)を持つ(Barlow, Blakemore, & Pettigrew, 1967; Petti- を形成しているが(Fujita, Tanaka, Ito, & Kang, 1992; Wang, grew, Nikara, & Bishop, 1968)。V1 細胞が視差選択性を獲 Fujita, & Murayama, 2000; Fujita, 2002) ,IT を含む腹側経路 得する仕組みは,視差エネルギーモデルで説明できる 領野では両眼視差に感受性を持つ神経細胞は報告された (Ohzawa, DeAngelis, & Freeman, 1990)。 こ の 理 論 で は, ことはなかった。一方,背側経路の神経細胞は刺激の動 受容野位相構造の異なる 4 タイプの単純型細胞が,その きや位置(奥行き位置も含む)の情報を伝えるが,色の 受容野に入った視覚刺激と受容野フィルター特性との積 情報は伝えていないとされていた。 和を計算し,その 2 乗値を一つの複雑型細胞に集める。 しかし,両眼視差が形や色の処理とは別経路で処理さ この計算は,左(L) ,右(R)の目からの入力の交差項 れているという考えは,形や色を持った図形に両眼視差 (L×R)を生み出し,受容野内の左右像の相互相関を計 を加えることで異なった図形が知覚されるというヒトや 算することと似ている(相関計算; Qian & Zhu, 1997)。 サルにおける心理学的現象(Nakayama & Shimojo, 1992; これにより,複雑型細胞は受容野内の視差エネルギーを Uka, Tanaka, Kato, & Fujita, 1999)とそぐわない。両眼視 算出し,両眼視差に感受性を持つようになる。奥行き知 差と形・色が独立に処理されているのであれば,一体ど 覚の手がかりである両眼視差を V1 細胞が検出している うして,両者の相互作用が心理学的に生じるのだろう ことから,「V1 の活動が奥行き知覚を生むのか」という か。 素朴な疑問が出てくる。しかし,神経細胞がある特定の このような問題意識のもと,Uka, Tanaka, Yoshiyama, 視覚属性に選択性を持っていても,その細胞がその視覚 Kato, & Fujita(2000)とWatanabe, Tanaka, Uka, & Fujita(2002) 属性の知覚を担っているとは限らない。その細胞が示す は,サルの両眼視差処理経路に関する再検討を行い,腹 刺激選択性は,他の計算過程の副産物かもしれないし, 側経路領野である V4 や IT にも両眼視差感受性細胞が豊 また,当該の知覚を担う十分な情報を含んでいるとは限 富に存在することを見出し,これらの細胞の性質の探究 らない(Parker & Newsome, 1998)。 を行った(Tanaka, Uka, Yoshiyama, Kato, & Fujita, 2001; Tanabe, この疑問を実験的に問うた結果,V1 細胞の反応特性 Umeda, & Fujita, 2004; Tanabe, Doi, Umeda, & Fujita, 2005; は両眼奥行き知覚の性質の多くを説明できないことが判 Yoshiyama, Uka, Tanaka, & Fujita, 2004 も参照)。これらの 明した。V1 細胞は絶対視差(対象物と注視点との間の 研究と独立して,ベルギーの Guy Orban 研究室(Janssen, 両眼視差)を伝え(Cumming & Parker, 1999) ,また,左 右の眼に与えるランダムドットステレオグラム(RDS) の輝度を反転させた刺激(後述; Figure 2 参照)に含ま れる両眼視差に感受性を持っている(Cumming & Parker, 1997)。一方,ヒトは,相対視差(複数の視覚特徴それ ぞれの絶対視差の差)に依存して奥行きを弁別し(Westheimer, 1979) ,また,輝度反転 RDS の中の視差で定義さ れる形を弁別することができない(Tanabe, Yasuoka, & Fujita, 2008)。V1 細胞の反応とヒトの知覚特性との食い 違いは,V1 以降の領野で両眼視差に関する情報処理が さらに進んだ後に,両眼奥行き知覚が生まれることを意 味している。 では,V1 以後のどの領野の活動が両眼視差のさらな る処理に関わっているのだろうか。従来,両眼視差の情 報処理は,頭頂葉へ向かう背側経路(頭頂葉経路)でな され,腹側経路(側頭葉経路)は関わっていないとされ てきた。この考えは,2000 年頃までの臨床神経心理学, Figure 1. Visual cortical areas with disparity-selective neurons in the macaque monkey. Neurons sensitive to binocular disparity are found in early visual areas V1 and V2 and in many association cortical areas both along the ventral pathway(V4, TEO, TE)and the dorsal pathway(V3, MT, MST, CIP, AIP) . 藤田: 両眼立体視の大脳生理学的基盤 21 Vogels, & Orban, 1999, 2000; Janssen, Vogels, Liu, & Orban, たない MT 野は粗い奥行き知覚(coarse stereopsis)に関 2003) ,米国の Charles Connor 研究室(Hinkle & Connor, 与する(Uka & DeAngelis, 2006)。 2002, 2005) , David van Essen 研 究 室(Hegde & van Essen, 両眼視差が利用されている知覚現象の一つに大きさの 2005)などの複数の研究室が同様に腹側経路が両眼視差 恒常性がある。例えば,遠くに走り去る車の網膜像は次 を処理している証拠を提出したことで,長年の定説は一 第に小さくなるが,車が小さくなるようには見えない。 挙に覆がえった(藤田,2007, 2015)。今日では,ヒトや これは,視覚系が,物体の大きさの推測に際して,網膜 サルの視覚皮質の多くの領域で両眼視差の処理が行われ における物体像の大きさとその物体までの距離の情報を ていることが判明している(Figure 1; Fujita, 2002; Park- 統合しているからである。その距離の情報の一つとして er, 2007; Roe et al., 2012; Welchman, 2016)。 両眼視差が利用されている。両眼視差と網膜像サイズの 2. 腹側経路,背側経路の 両眼立体視における役割 統合が V4 野で起きており,しかも,V4 細胞の半数が, 物体が遠くにある時には小さな像に反応し,近くにある 時には大きな像に反応する(Tanaka & Fujita, 2015)。つ 背側経路が空間視と視覚誘導性行動に関わり,腹側経 まり,これらの細胞は,特定の網膜像の大きさに同調し 路が物体や顔の認識に関わるという霊長類大脳皮質視覚 た反応を示すのではなく,特定の物体の大きさの情報を 野の 2 経路説では,この機能分化が起きるのは,両経路 伝えており,大きさの恒常性を担うメカニズムの一端で が異なる視覚属性を処理しているからと提唱されていた あると考えられる。 (Mishkin, Ungerleider, & Macko, 1983; Livingstone & Hubel, 1988)。すなわち,背側経路は動きと奥行きを含む位置 3. 両眼対応問題 を処理し,腹側経路は物体(顔を含む)の形と色を処理 両眼視差の正しい算出には,右目に映る像のどの部分 しているとしていた。しかし,前節で述べたように,両 が左目に映る像のどの部分に対応するのかを決める必要 眼視差は両方の経路の多くの領野で広範に処理されてい がある(両眼対応問題; Julesz, 1960; Marr & Poggio, 1976) 。 たのである。また,数は多くはないが,背側経路にも形 これは容易な問題ではない。なぜなら,私たちをとりま や 色 の 情 報 を 伝 え る 細 胞 が あ り(Sereno & Maunsell, く世界は似た視覚特徴を数多く含むからである。例え 1998; Saideman, Poirson, Wandel, & Newsome, 1999) ,腹側 ば,満開の桜を見ている時,片方の目における一枚の花 経路にも動きの方向の情報を伝える細胞が存在する(Li びらの像は,もう片方の目に映る数多くの花びらの像と et al., 2013)。したがって,問われるべき問題は,処理す 一致しうる。両目における像の間で無数に可能な局所的 る視覚属性が腹側経路と背側経路で共有されている時, な対応の中から,視野全体にわたる首尾一貫した対応 その処理の内容がどう異なり,両経路の機能の違いを生 (大域対応)を見出し,両眼視差の分布を正しく推定す み出しているかである。この問いは,両経路で広範に処 ることが,視覚系には求められている(Figure 2 上)。 理が行われている両眼視差に関して特に重要である。 通 常 の ラ ン ダ ム ド ッ ト ス テ レ オ グ ラ ム(correlated 2 つの経路それぞれがどのように両眼視差情報を処理 RDS: cRDS)のドットの輝度コントラストを片方の目に し,両眼立体視のどの側面に機能的に関わっているかの おいて反転させた輝度反転 RDS(anti-correlated RDS: aRDS, 探求の結果,両眼立体視における機能的役割の違いが明 Figure 2 下)に対する V1 細胞の反応を調べると,両眼視 らかになりつつある。V1 と背側経路の MT の細胞は絶 差チューニング曲線が反転する。すなわち,cRDS で交 対視差を符号化している(Cumming & Parker, 1999; Uka 差視差に反応する細胞は aRDS では非交差視差に反応 & DeAngelis, 2006)。一方,腹側経路では,V2, V4, IT へ し,cRDS で非交差視差に反応する細胞は aRDS では交差 と情報処理が進むに連れて,V1 から伝えられた絶対視 視差に反応する。これは aRDS が左右の目の間で負の画 差の情報は相対視差の情報へと変換される(V2: Thom- 像相関を持つためである。 as, Cumming, & Parker, 2002; V4: Umeda, Tanabe, & Fujita, チューニング曲線が反転しているものの aRDS 中の両 2007; IT: Janssen et al., 1999; Shimojo, Paradiso, & Fujita, 眼視差に感受性を持つことから,V1 細胞は両眼対応問 2001)。相対視差は物体面の構造を規定するとともに, 題 を ま だ 解 決 し て い な い と 解 釈 で き る(Cumming & 細かい奥行き知覚(fine stereopsis)に必須の視覚情報で Parker, 1997)。なぜなら,aRDS には大域対応が存在しな ある。事実,相対視差を処理している V4 と IT が細かい いので,両眼対応問題を解決した細胞は,aRDS におけ 奥 行 き 知 覚 に 関 与 し(Uka, Tanabe, Watanabe, & Fujita, る両眼視差には感受性を持たないはずだからである。 2005; Shiozaki, Tanabe, Doi, & Fujita, 2012) ,その情報を持 V1 で生じた aRDS のドットの両眼間偽対応に対する反応 基礎心理学研究 22 第 41 巻 第1号 てきた(Julesz, 1960)。この前提に基づいて,cRDS の両 眼視差には感受性を持つが aRDS の両眼視差には感受性 を持たない細胞が,奥行きの知覚の生成に直接に関わる 細胞の候補であると想定され,そのような細胞あるいは 領野を同定する努力がサルやフクロウを用いた電気生理 学的研究(Cumming & Parker, 1997; Nieder & Wagner, 2001; Janssen et al., 2003; Krug, Cumming, & Parker, 2004; Tanabe et al., 2004; Kumano, Tanabe, & Fujita, 2008)およびヒトを 対象とした fMRI 研究(Bridge & Parker, 2007; Preston, Li, Kourtzi, & Welchman, 2008)でなされてきた。 ところがその後,この前提は正しくなく,特定の条件 のもとでは aRDS に奥行きを感じることができることが 判明した(Tanabe, Yasuoka, & Fujita, 2008; Doi, Tanabe, & Fujita, 2011; Doi, Takano, & Fujita, 2013; Aoki, Shiozaki, & Fujita, 2017)。その条件とは,aRDS のすぐ横に cRDS に よる明確な面が比較対象として存在することである。そ の時には交差視差を持つ aRDS が周りの 0 視差の cRDS 面 よりも奥に見え,非交差視差を持つ aRDS は手前に見え る(逆転奥行き知覚)。ただし,aRDS が明瞭な一つの面 を形成しているように見えるわけではない。様々な奥行 きに散らばるドットの集団がぼやっとした雲のように見 え,その平均的な奥行きが判別できるのである。aRDS の中に両眼視差で定義した図形を提示してもその形を弁 別することはできない(Tanabe et al., 2008)。これらの発 見は,(1)奥行きを持つ面の知覚と奥行きの符号(奥か 手前か)の知覚は乖離する,(2)相関計算の出力は対応 計算を経由せずに直接に奥か手前かの判断に貢献するこ Figure 2. The stereo correspondence problem, and three types of random dot stereograms(RDSs) . To determine the 3D layout of the environment, the visual system needs to match correctly the features in the images projected on the right and left retinae. The process of solving this correspondence problem can be regarded as finding the match globally consistent across the visual field while discarding false matches that do not belong to the global match. Correlated or contrastmatched RDSs(cRDSs)have one global match, whereas anti-correlated or contrast-reversed RDSs (aRDSs)have none. RDSs in which half of the dots are contrast-reversed(hmRDSs)provide an intermediate condition. とができる,(3)aRDS の中の両眼視差に感受性を持つ 神経細胞も奥行き知覚に直接貢献することがありうると いう 3 つの重要なことを意味している。 4. 相関計算と対応計算の相対的役割 相関計算の出力が,両眼対応問題の解決を経ずに奥行 き知覚に貢献するという発見は,「相関計算と対応計算 の出力は,両眼立体視においてどう使い分けられている のか」という新たな疑問を生んだ(Fujita & Doi, 2016)。 この問題に取り組むために段階的輝度反転 RDS が考 案された(Figure 3A)。この刺激操作では,RDS に含ま れるドットの中で,左右眼間で輝度が反転しているドッ トの割合を系統的に変える。例えば半対応 RDS(half- は,V1 以後の視覚領野において排除されなくてはなら matched RDS: hmRDS)では,半数のドットの輝度が左 ない。この計算は対応計算と呼ばれ,単純な刺激に対す 右眼で反転し,残りは輝度が一致している。輝度一致 る計算過程は数理的に定式化されている(Doi & Fujita, ドットの正の左右眼像間相関と輝度反転ドットの負の左 2014)。 右眼像間相関が打ち消しあうので,hmRDS 全体では左 従来,ヒトは aRDS には奥行きを全く感じないとされ 右眼像は無相関である。cRDS, hmRDS, aRDS と輝度対応 藤田: 両眼立体視の大脳生理学的基盤 23 Figure 3. Graded anti-correlation as a tool to dissociate binocular correlation-based and match-based conditions.(A) Examples of cRDSs, aRDSs, and hmRDSs. The RDSs consists of a center disc and a surrounding annulus. The anulus is always cRDSs.(B)The luminance contrast is reversed for a varying proportion of dots in one eye. This manipulation changes the binocular match from 100%(cRDSs)through 50%(hmRDSs)to 0%(aRDSs) , while binocular correlation chages from 100%(cRDSs)through 0%(hmRDSs)to −100%(aRDSs) (C) . Predicted psychophysical performance dissociated match-based computation from correlation-based computation(Adapted from Doi, Tanabe, & Fujita, 2011) . ドットの割合が徐々に減ると,刺激の左右相関は 100% レベル以下となる) ,心理物理曲線は徐々に相関計算の から 0%を経て−100%へと変化する。一方,この時,左 予測曲線に近づく。ただし,最大視差である 0.48 度の時 右で輝度が一致するドットペアの割合は,100%, 50%, も,相関計算予測曲線とは完全に一致せず,対応計算と 0%と変化する(Figure 3B)。つまり hmRDS は,両眼相 相関計算の中間の振る舞いを示す(Figure 4B 右端パネ 関は 0 だが両眼対応は有限値(正)をとり,aRDS では ル)。 両眼相関は有限値(負)だが両眼対応は 0 となる。この 一方,両眼視差の大きさを固定し,ドットの更新速度 刺激操作に対して,左右眼「相関」に依存して奥行きを を変えると,更新速度が低い時には対応計算による予測 弁別するシステムと左右眼「対応」に依存して奥行きを に沿った心理物理曲線が得られ,更新速度を上げるにつ 弁別するシステムは,異なった弁別パフォーマンスを示 れて相関計算に基づいた予測曲線に近づく(Figure 4C; すと予想される(Figure 3C)。 Doi et al., 2013)。 段階的輝度反転 RDS に対する奥行き知覚を調べると, つまり両眼視差が大きくなるか刺激更新速度が速くな 両眼視差が小さい時(0.03 度)は,左右眼対応ドットの るにつれて,相関計算の出力が奥行き知覚により強く反 割合が 50%以上であれば,ほぼ完全に奥行き弁別がで 映されるようになる。この変化は,「相関計算と対応計 きる(Doi et al., 2011)。割合がそれ以下になると成績が 算が並列に行われ,その出力の重み付け平均が奥行き判 低下し,左右眼対応ドットが 0(aRDS)ではチャンスレ 断を決定する」というモデル(Figure 4A)で定量的に説 ベルとなる。つまり,細かい両眼視差に対して逆転奥行 明できる。このモデルの出力の解析解における 4 つのフ きは起きず(Figure 4B 左端パネル) ,対応計算に基づく リーパラメーターのうち,二つの計算が奥行き判断へ与 予測(Figure 3C)に沿っている。視差の大きさが大きく える相対貢献度(w)を操作することだけが心理実験の なると,左右眼対応ドットの割合が 50%未満では逆転 結果を説明し,他の 3 つのパラメーターの操作はヒトの 奥行きが起き(すなわち弁別パフォーマンスがチャンス 奥行き弁別パフォーマンスとは相容れない出力変化を引 基礎心理学研究 24 第 41 巻 第1号 Figure 4. Correlation and matching computations change their contribution to depth perception depending on disparity amplitude and stimulus refresh rate.(A)Diagram of weighted average of correlation and match signals. The relative contribution of the correlation computation to depth perception is controlled by the weight parameter, w.(B, C)Performance of human observers(open circles)and the functions(curves)predicted from the model shown in(A)with only the parameter w fitted independently across five disparity magnitudes and four refresh rates. Predictions from the model when four free parameters are independently manipulated. The prediction from the relative weight manipulation(leftmost)matches with the human performance.(Adapted from Doi, Tanabe, & Fujita, 2011; Doi, Takano, & Fujita, 2013) . き起こす(Figure 4D)。Figure 4B, C に示す実線は w が特 次視覚領野では,腹側経路の IT でも背側経路の AIP で 定値を取った時の解析解を示した予測値だが,実データ も,単一細胞レベルで,aRDS の両眼視差への感受性 (丸印)を正確に再現している。 5. 両眼対応問題は脳のどこで解かれるのか を 失 っ て い る(Janssen et al., 2003; Theys, Srivastava, van Loon, Goffin, & Janssen, 2012)。これらの結果は,両眼相 関シグナルから両眼対応シグナルへの変換は,視覚経路 両眼相関シグナルから両眼対応シグナルへの変換が大 中段では腹側経路で行われていることを示唆している 脳皮質のどの領野で行われているかは,aRDS に含まれ (Figure 5)。V2 で変換が行われているという主張もある る両眼視差への感受性がどの領野で失われるかで検討さ が(Chen, Lu, Tanigawa, & Roe, 2017) ,その根拠となった れてきた。V1 と同様,背側経路の MT や MST では多く 実験の手法(内因性信号光学記録法)が持つ問題点が指 の神経細胞が,aRDS の両眼視差に感受性を持っている 摘されている(Doi, Abdolrahmani, & Fujita, 2018)。 (Takemura, Inoue, Kawano, Quaia, & Miles, 2001; Krug et al., 段階的輝度反転 RDS を用いた最近の検討は,V4 で両 2004)のに対し,腹側経路の V4 ではその感受性が弱ま 眼相関シグナルから両眼対応シグナルへの変換が行われ り(Tanabe et al., 2004) ,細胞集団の平均を取ると完全に ていることを強く示している(Abdolrahmani, Doi, Shio- 視差選択性を失う(Abdolrahmani et al., 2016)。また,高 zaki, & Fujita, 2016)。一方,MT では,両眼相関シグナル 藤田: 両眼立体視の大脳生理学的基盤 25 Figure 5. Processing of binocular disparity signals and contribution to stereopsis(summary of the studies in non-human primates) . と両眼対応シグナルの中間の性質を持つ細胞が大多数で あり,両眼対応問題の解決が腹側経路ほどには進んでい ない(Yoshioka, Doi, Abdolrahmani, & Fujita, 2021)。 おわりに 以上のように,V1 以後の両眼視差処理に関わる大脳 皮質領域の同定とそこで行われる処理内容に関する理解 は著しく進んだ。腹側経路と背側経路が,互いに補完し あうような形で両眼視差情報に異なる処理を施し,立体 視の異なる側面に並行的に寄与している。サルを対象と した電気生理学実験,ヒトを対象とした心理物理実験と 機能的磁気共鳴画像法(fMRI) ,理論モデルという異な るアプローチからの研究がこの理解の進展を支えた。 しかし,未解決の問題は多く残っている。例えば,前 章(両眼対応問題は脳のどこで解かれるのか)で述べた 結論はサルにおける単一細胞記録法による研究に基づい ている。しかし,ヒトにおいてなされた脳機能イメージ ング研究(Bridge & Parker, 2007; Preston et al., 2008)の結 論とは必ずしも一致しておらず,そもそも,ヒトで行わ れた二つの研究の間で異なった結論が導かれている。 Bridge & Parker(2007)はサルと同様,ヒトにおいても V4 の反応は両眼対応問題を解決した反応であるとする 一方,Preston et al.(2008)では MT が両眼対応問題を解 決していると主張している。これらの結果の相違がどの ような理由によるものかを明らかにすることは,今後に 残された課題である。 引用文献 Abdolrahmani, M., Doi, T., Shiozaki, H. M., & Fujita, I. (2016). Pooled, but not single-neuron, responses in macaque V4 represent a solution to the stereo correspondence problem. 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