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030307卒研エンドウ

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国立身体障害者リハビリテーションセンター学院手話通訳学科
第 12 期生卒業研究発表会(2003/03/07)
2.日本手話における漢字の表現
2.日本手話における漢字の表現
SI0102
1
遠藤
栄太
はじめに
本研究に着手した動機は、第 1 に、日本手話(JSL)における漢字借用の研究が従来不足している
こと(米川(1984)、市田(1994)、木村・市田(1995)、亀井他[編著](1996)、宮本(2001、2002)、
佐々木(2001)
)
、第 2 に、発表者自身が日頃から漢字を表現する際に迷いを感じ、特定の漢字を想
起させるような手話を習得したいというニーズがあったこと、の 2 点が挙げられる。
なお、本研究では、亀井他[編著](1996)の「借用」についての記述(註 1)を参考して、対象とす
る手話単語を次の 3 種類とした。
1)漢字の形を模したもの。
(狭義の借用で、いわゆる「漢字借用の手話」と呼ばれるもの。宮
本(2001、2002)を参照)
(例)中、小、岡、問、会、プサン(釜山)
、ソウル(京城)
、市
2)意味を翻訳したもの。(例)高、橋、藤、畑
3)音の類推。
(例)原
2
目的
本研究の目的は、
(1)手話通訳にも生かせる、漢字を表現する手話の収集、(2)その音韻的特徴
の解明、の 2 点に絞られる。
3
調査方法
3-1 第 1 次調査
調査する漢字を、常用漢字 1,945 文字、人名漢字 285 文字の、合わせて 2,230 文字とし、それを
列挙したアンケート用紙(A4 版 4 枚、1 枚につき漢字 88~756 文字を掲載)を用意した。
インフォーマントは、いわゆるティーチャー・トークのできる JSL 教師 7 人とし、以下にあげる
2 条件のどちらかに当てはまる漢字に、丸印をつけてもらった。
(1)漢字の形を全部、あるいは一部を模した手話単語で表されるもの。例えば、
「行」など。
(2)表す手話単語が限定されているもの。例えば、
「高橋」の「高」。
その結果、5 名のインフォーマントから回答を得た。丸印がつけられた漢字は、全部で 1,465 文字で
あった。その分布は、下図のとおり。
1
国立身体障害者リハビリテーションセンター学院手話通訳学科
第 12 期生卒業研究発表会(2003/03/07)
2.日本手話における漢字の表現
回答人数と字数
1000
765
800
601
600
400
400
200
0
9
55
5
4
3
2
回答人数(人)
字数
400
1
0
3-2 手話表現の収集
回答した人が 3 人以上の漢字 665 文字と、宮本(2002)によって「漢字借用の手話」であるとさ
れた 36 文字など、合わせて 705 文字を、JSL の母語話者(6 名)に表現してもらい、その手話単語
を録画し、音韻的特徴などを分析した。その結果、手話単語が得られなかった漢字は 11 字あったが、
ひとつの漢字に対し異なる手話を表現した語が 201 語あったため、得られた手話単語の異なり語数
は 895 語にのぼった。
4
分析
4-1 音韻的特徴
手話の音韻論的範疇として、手型、向き、手の平の方向、動きなどが挙げられるが、今回の研究で
はそのうち手話の手型に着目して分析を行った。
はじめに「漢字借用の手話」を抽出してみると、以下の手話単語が確認できた。
一、王、上、下、人、川、田、二、日、井、影、介、会、巨、局、形、月、行、
三、出、小、石、中、火、口、甲、災、市、杉、千、丁、入、品、文、北、門、
公、兆、参、非、問(41 語)
これらの手話単語の多くは、JSL が持つ通常の音韻体系の範囲内で表現されるが、いくつかは通常
の JSL の音韻体系にあまり見られない手型を用いるものがある。手型 W はその一例である。
W(指文字の「ワ」
)
:王、川、田、日、形、三、甲、災、杉、参、非(11 語)
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国立身体障害者リハビリテーションセンター学院手話通訳学科
第 12 期生卒業研究発表会(2003/03/07)
2.日本手話における漢字の表現
(手型 W でありながら、漢字借用と考えられないものは、鹿、湯、数だけだった)
また、両手手話で、手型が左右で異なるものの場合、通常 Battison(1978)の対称条件(註 2)の制約
を受けるのであるが、
「漢字借用の手話」ではその制約外の手型を用いることがある。たとえば、手
話の非利き手が、次に挙げる手型(コロンの左側)を持つものは、対称条件違反といえる。
c(JSL「酒」
) : 巨
L(指文字「レ」
)
: 千
D(指文字「ヒ」
)
: 介、出、丁、小
Q(アメリカ手話(ASL)
)
: 中
V(ASL)
: 井
W(ASL): 王、川、田、日、甲、災
これらの音韻的特徴そのものが、手話における外来語である漢字の表現を際立てていることが予想さ
れる。さらなる音韻的分析が求められよう。
4-2 多義語
ひとつの手話でいくつもの意味を担う多義語が手話にも存在する。今回の調査では、45 組確認で
きた。
扇・暑
彼・男・夫
砂・粉
哀・泣
才・歳・年・齢
玉・丸
晩・夜
字・書
動・歩
家・舎・宅
寒・怖・冬
劇・演
雲・曇
漢・苦・渋(辛・痛)
賢・優
思・考
急・速
円・貨
辛・息
九・区
市・七
恵・幸
仲・友
養・育
許・認
替・代
花・咲・桜
異・違
伝・答
当・年・為
煮・焼
草・緑
楽・軽
済・終
完・終
変・違
妻・女
乗・席
楽・喜
貸・借
店・屋
仮・例
清・美
活・動
町・街
民・者
4-3 音の類推
手話の語彙の中には、漢字の読みの類推を語源とする手話単語がいくつかある。たとえば、人名「佐
藤」は、調味料の「砂糖」と同音なため、手話単語の「砂糖」が人名「佐藤」を表すものとして通常
の手話語彙の中に入れられている。今回の調査では、手話単語「原」
(手話「腹」に同じ)しか確認
できなかったが、調査する漢字の数を増やしたり、地名や人名の手話も調査対象に含めたりしていけ
ば、さらに同様の手話が収集されるであろう。
4-4 熟語連想型漢字手話
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国立身体障害者リハビリテーションセンター学院手話通訳学科
第 12 期生卒業研究発表会(2003/03/07)
2.日本手話における漢字の表現
今回の調査で今後の研究の可能性を予感させてくれたものが、「熟語連想型漢字手話」である。こ
れは、ある漢字を手話表現する際、その漢字を含む熟語を表現する手話単語を用いて、漢字一字を表
現するものである。これは、電話で漢字を伝える際、「○△の△」と伝えるのに似ている。今回の調
査で確認できたものは次の 4 例である(コロンの左側が表現すべき漢字、右側が表現する手話単語
を示す)
。
在: 今(現在)
横: 横浜
実: 実際
界: 世界
5
おわりに
今回の研究は、本格的な着手の遅れと手法の稚拙さで満足のいくものができなく、多くの反省点を
残す結果となった。しかし、手話の奥深さ、特に「手話は語彙が少なく劣った言語である」といった
誤解や偏見を軽く吹き飛ばすような、巨人のような大きさを持つ、言語としての手話に、卒業研究と
いうかたちで、短期間ながらも体当たりできたことは、発表者にとってかけがえのない経験となり、
今後の手話とのかかわりにおいて、一生の宝となるだろう。
最後に、この研究にご協力いただいた手話サークル手話研究会(東京北区)の聾者の皆さん、ご指
導いただいた先生の皆さん、ならびに暖かい励ましをくれた同級生の皆さんに、感謝を申し上げたい。
(参考文献)
Battison, R. (1978). Lexical borrowing in American Sign Language. Silver Spring, MD: Linstok
Press.
米川明彦(1984)
『手話言語の記述的研究』
(明治書院)
市田泰弘(1994)
「日本手話の文法と語彙」
『日本語学』1994 年2月号(明治書院)
木村晴美・市田泰弘(1995)『はじめての手話』(日本文芸社)
亀井孝他[編著](1996)「借用」
「手話言語」
『言語学大辞典第6巻術語編』(三省堂)
宮本一郎(2001)
「中国手話の漢字借用」『日本手話学会第 27 回大会予稿集』
(2002)
「中国手話の漢字借用 II」『日本手話学会第 28 回大会予稿集』
佐々木大介(2001)
「東アジアにおける手話の語彙の比較:日本手話の影響」
『日本手話学会第 27 回
大会予稿集』
(註)
(1)亀井他[編著](1996)では、
「借用」を次のように分類している。
1
音の借用
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国立身体障害者リハビリテーションセンター学院手話通訳学科
第 12 期生卒業研究発表会(2003/03/07)
2.日本手話における漢字の表現
「ある音素の異音が、他の言語(方言)の影響で、他の異音に変化すること」で、日本語の「ティ
ー」などは音節の借用といえる。
2
形式の借用
狭義の借用であり、音訳とも言う。日本語では、外来語や漢語がそれにあたる。音形や形態は借用
する側の言語の規則に従う。例えば、日本語には数の範疇がないので、*ツー・ストライクスではな
く、ツー・ストライクが認められる。
3
意義の借用
新しい概念だけ取り入れて、音訳以外の手段で表すもの。
3-1 意味の拡張
「在来の形式の意味範囲を拡張するもの」で、日本語では、
「文学」(もと、学問の意)などがある。
3-2 新語
借用する側の言語の造語要素を組み合わせて、新しい語を作るもの。日本語では「電算機」
(computer)など。
3-3 翻訳
「原語の各造語成分を自国語に翻訳し、それを原語どおり、または自国語の規則に従って配列する
ことによって、原語の意義を表す」ものである。日本語では、「中東」
(Middle East)など。
(2)Battison(1978)の対称条件(The Dominance Condition)とは、以下のとおりである。
The Dominance Condition.
If the hands of a two-handed sign do not
share the same specification for handshape (i.e. they are different), then
(a) one hand must be passive while the active hand articulates the
movement, and (b) the specification of the passive handshape is restricted
to be a small set: A, S, B, 5, 1, C, O.
(両手異型手話の場合、(a)一方の手が動くときは、もう一方の手が受け、
(b)
その手型は、A、S、B、5、1、C、O(それぞれ、指文字の『ア』、
『サ』、『ケ』
、
『テ』
、
『ヒ』
、
『ホ』の親指の出たもの、
『オ』に相当)に限られる)
これは世界の手話言語に共通して見られる規則として知られる。
以上
5
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