Uploaded by Shinya Hanamura

be 57 6 hanamura

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第 57 巻
論
第6号
『立命館経営学』
2019 年 3 月
27
文
のれんに関する経営者と監査法人の会計上の見積りの関係
― 会計上の見積りはどのように経営者の投資行動に影響するか ―
花
村
信
也*
要旨
本稿は,会計上の見積りをモデル化して,のれんの減損が発生するメカニズム
を示し,監査法人の見積りと経営者の見積りを分析し,さらに経営者の投資行動
との関係を明らかにする。のれんの減損自体ではなく,のれんに関する会計上の
見積りを分析対象として,減損の発生するリスクについて分析を行った。さらに,
減損会計と減損を強制的に執行させる監査法人の指摘が,企業の投資活動と社会
的厚生に及ぼす影響を考察した。経営者が会計上の見積りを操作して多大なのれ
んを計上し,監査法人がその事実を検出し指摘した場合,企業は減損損失として
会計処理を行う。ところが,本稿のモデルによる分析では,のれんに関する経営
者の会計上の見積もりは,内在的に経営者の偏向を生じやすく,監査法人が会計
上の見積りを厳しくしても,経営者の偏向程度が小さくなるのではなく逆に拡大
してしまうことが示される。さらに,経営者の努力を最大にする会計上の見積も
りでは,過大投資が発生し,将来の減損リスクが高まってしまう。これに対して,
監査法人が監査強度を上げることで,経営者の会計上の見積りが減少し偏向が減
じる。
キーワード
会計上の見積り,のれんの減損,経営者の偏向,監査法人による会計上の見積り,
社会的厚生最大基準
*
立命館大学大学院
経営管理研究科
教授
立命館経営学(第 57 巻
28
目
第 6 号)
次
1. はじめに
2. のれんの会計処理
2.1 会計上の見積りの要素
2.1.1 取得原価の配分
2.1.2 のれんの償却期間
2.1.3 将来事業計画
2.1.4 割引率
2.2 監査法人の会計上の見積り
2.3 会計上の見積りにおける経営者の偏向および虚偽表示の判断
3. 問題の所在
4. 先行研究
5. モデル
5.1 会計上の見積り
5.2 タイムライン
5.3 監査法人の設定する会計上の見積りの閾値
6. 経営者の最適報告戦略
6.1 ベンチマーク
監査法人がいない場合
6.2 監査法人がいる場合
7. 経営者の投資努力と監査法人の設定する会計上の見積り
8. 社会的厚生と監査法人の設定する会計上の見積り
9. 総括と課題
1. はじめに
2018 年 3 月までに決算期を迎えた上場企業約 3,500 社(金融など除く)を集計したところ,
のれん総額は 23 兆 3922 億円であった。2010 年度までは 10 兆円前後の横ばいで推移してい
たが,2011 年度からは拡大基調が続いている。のれんに関して,現行の国際会計基準上の見
積りを適用する限りその金額は増え続けると予想される。この金額をどのように考えるかは見
解が分かれるものの,少なくとも約 23 兆円ののれんが毎期減損テストをされており,そのい
くらかが,いきなり減損損失が開示される可能性があることは事実である。
会計上の見積りとその執行の最適デザインについては,これまで多くの論争がなされてき
た。投資決定の効率性を高めるには,会計上の見積りと監査の厳格化が不可欠であるとする認
識が一般的である。本稿は企業買収で発生するのれんについて経営者の会計上の見積りと監査
法人の見積りとの関係,さらに,監査法人の監査の強度と経営者の投資行動との関係を分析し
た。
本稿の分析モデルでは,経営者は買収案件の発見に繋がる努力を行う。発見に成功した場
合,経営者は買収案件の成功確率を知らせるシグナルを私的に観察する。企業の報告システム
のれんに関する経営者と監査法人の会計上の見積りの関係(花村)
29
はこのシグナルを好ましい報告か好ましくない報告かのいずれかに分類し,会計上の見積りが
これに対応する。好ましい報告を保証するには,シグナルは監査法人が要求する閾値を超えな
ければならない。閾値が高まるほど会計上の見積りは厳格になる。好ましい報告がなされたと
きに限り,投資家は買収案件に資金を投入するから,シグナルが実際には閾値よりも低い場合
であっても報告を歪める動機を経営者に与える。監査法人は一定の確率で企業の報告を正確に
調査する。監査が厳しくなることは調査精度が高まることを意味する。その結果,違反が判明
した場合,経営者は減損損失に加えて,退任,レピュテーションの喪失といった事態に遭遇す
る。これらのコストは減損損失に連動する部分から構成される。このような設定のもとで会計
上の見積りの厳格度が投資に如何なる影響を与えるか,会計上の見積りとその執行体制がどの
ように相互作用するかを論ずる。
2. のれんの会計処理
のれんは,企業会計基準委員会「企業結合に関する会計基準(企業会計基準第 21 号)」に基づ
き定義され会計処理されている。また,のれんの減損は企業会計基準委員会「固定資産の減損
に係る会計基準の適用指針(企業会計基準適用指針第 6 号)」で規定されている。さらに,買収企
業が,被買収企業の企業価値をどのように見積もるかということについては,日本公認会計士
協会「企業価値評価ガイドライン(経営研究調査会研究報告第 32 号)」で示されている。監査法
人は,会計上の見積りについて,のれんの計上並びに減損について監査を行なう。
2.1 会計上の見積りの要素
会計上の見積りとは,ある項目を財務諸表に計上する場合,その項目の金額を正確に測定す
ることができない場合に,概算すること(監基報 540:A6 項(1))をいう。回収する見込みに関
して不確実性が存在する場合の投資の減損も会計上の見積りとなる。(ISA540:A6 項,AUC540:A6 項)
会計処理は,会計処理基準に沿って,のれんの取得,のれんの償却,のれんの減損に区分さ
れる。のれんの取得,取得後の処理という時系列において,取得原価の配分,償却期間の決定
がなされて,将来事業計画,減損会計上のグルーピング,割引率等に関連するものは,のれん
の評価に関する会計上の見積要素に含まれる。
2.1.1 取得原価の配分
法律上の権利などを分離して識別可能な無形資産については,被取得企業が貸借対照表上で
当該資産を計上していたかどうかに関係なく取得企業は認識する必要がある。そのため,先端
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立命館経営学(第 57 巻
第 6 号)
技術に基づく精密機器製造業や製薬業界等において企業結合の目的が,被取得企業が有する無
形資産の取得であるような場合に,当該無形資産に配分される金額が相対的に多額になる可能
性がある。また,当該識別可能な無形資産は,企業結合日の時価に基づいて算定されることと
されており,経営者の見積りが入る余地がある。
これに対して監査法人は,取得原価の配分に当たって,識別可能な資産および負債を網羅的
に把握した上で,各引受資産および負債に関する計上額を決定する。そのため,追加的に識別
される資産および負債に関する計上額はもとより,被取得企業によりすでに識別されていた各
資産,負債についても,計上額が適切であるかどうかを検討する。
2.1.2 のれんの償却期間
のれんの発生要因が定性的要因であるため,その効果の発現期間は様々であり,効果発現期
間の決定には経営者の見積りが入る。例えば,被取得企業が有する効率的なビジネスモデルを
のれんの発生要因とした場合,当該ビジネスモデルの持続可能期間を見積ることが必要とな
る。経営者はなるべく長期に見積り,年間の償却費を下げようとする。
監査法人は,のれんの発生要因と効果の発現期間に合理的な関連性があるかどうか,また,
経営者による偏向がないか,さらに,ビジネスモデルのライフサイクルに関して経営者の偏向
がないかどうかを判断する。
2.1.3 将来事業計画
のれんに関する資産グルーピング後,のれんの減損認識判定・減損損失測定に対しては,将
来キャッシュフローを用いて判断する必要があり,経営者の見積りとなる。
監査法人は,経営者の見積りに対して,事業計画の主要な前提条件,のれん取得時の将来事
業計画の達成状況,のれん取得時の事業に関する経営環境の変化の有無,などを踏まえて見積
りを策定する。
2.1.4 割引率
のれんの回収可能価額の算定は,将来キャッシュフローにより算定されるため,将来キャッ
シュフローが経営者の見積り額と乖離することを検討する必要がある。監査法人の設定する会
計上の見積りと乖離が発生する場合,将来キャッシュフローと割引率のどちらかが乖離してい
ることとなる。すなわち,割引率算定に考慮されているリスクが監査法人の考えるものと乖離
していないかどうか,割引率算定に考慮されている要素が,割引期間と合理的な関連性がある
かどうか,について監査法人は検討し判断する。
のれんに関する経営者と監査法人の会計上の見積りの関係(花村)
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2.2 監査法人の会計上の見積り
会計上の見積りの監査に関する主な要求事項は,監査基準員会報告書 540(以下,監基報)
に定められている。監基報 540 第 12 項(4)に,「経営者の見積額を評価するため,監査人の
見積額又は許容範囲を設定する。監査人は,監査人の見積額又は許容範囲を設定するために,
以下の事項を実施しなければならない。以下略」として,監査人が見積額を設定して,経営者
の会計上の見積り額の算定根拠の合理性を監査する規定となっている。また,監査人の許容範
囲の絞り込みは,経営者の会計上の見積りに経営者の偏向報告があるかどうかについて監査人
が判断できるようにするものとしている。
2.3 会計上の見積りにおける経営者の偏向および虚偽表示の判断
経営者の会計上の見積りに経営者の偏向報告があると判断されるケースについては,監基報
540 第 17 項に,「監査人の見積額が監査証拠により裏付けられている場合,また,監査人が
設定した許容範囲が十分かつ適切な監査証拠を提供していると判断した場合」,と記されてい
る。この場合,経営者の見積額と監査人の許容範囲との最小の差額が経営者の偏向報告とな
る。
しかしながら,監基報 540 第 2 項において,「個々の会計上の見積りの合理性に関して監査
人が結論付ける際に,経営者の偏向が存在する兆候があったとしても,それだけでは経営者の
偏向報告とはならない。」としている。
3. 問題の所在
買収価額を不適切に設定して多額ののれんを計上する場合が,不正会計の事例として取り上
げられている。これらの事例は,のれんに関する会計上の見積りの適正水準を知りながら,会
計上の見積りを甘くしてのれんを多額に計上し,監査法人の指摘により減損となったものであ
る。しかしながら,買収価額が多額である場合には多額ののれんが発生するわけで,企業から
すれば将来の減損リスクを大きくしてまで多額の買収に踏み切っていることとなる。つまり,
減損が発生する前の事前であれば,適正な経営判断に基づいて多額の買収金額を払っているの
か,のれんの減損リスクを承知の上で買収を行っているのか,投資家からすると見分けがつか
ないこととなる。そうであれば,減損が発生することは,実は,会計上の見積りが甘くなるこ
とを知った上で買収価額を高くしているとも言えるので,不正会計として取り上げられた事例
と減損処理を行った事例との差は事前ではないとも言える。ただし,減損認定されているもの
の減損の計上をしなかったという事例,オリンパスのように損失を隠すために意図的にのれん
を計上した事例はこの限りではない。
32
立命館経営学(第 57 巻
第 6 号)
このように,のれんの減損の発生メカニズムは,経営者による過大投資が実行され,のれん
に関する経営者の偏向が発生し,監査法人の見積もりとの乖離が生じて,監査証拠が発見され
た場合に減損が発生する,という構造になっている。すなわち,プロセス上,会計上の見積り
について経営者の偏向が必然的に発生し,会計上の見積りが甘く,買収価額が高かったという
ことが,事後に減損の発生が確認されて初めてわかるのである。
本稿は,このような実務上の現状を踏まえ,会計上の見積りをモデル化して,のれんの減損
が発生するメカニズムを示し,監査法人の見積りと経営者の見積り,そして経営者の投資行動
の関係を明らかにする。モデルにより会計上の見積りとのれんの減損テストの執行とを組み合
わせることで,経営者と投資家の効用を最大にする規則が何であるのかを分析する。のれんの
会計上の見積りを緩くして監査を厳しくする方法と,のれんに関する会計上の見積りを厳しく
して監査を相対的に緩くする方法が考えられる。のれんの会計上の見積りと監査法人による執
行が,経営者の投資行動と投資家にどのように影響を与えるのか,また,最適な会計上の見積
りはどのように考えられるか,分析する。Laux and Stocken(2018)のモデルに基づき分析
を行う。
4. 先行研究
先行研究では,会計基準と会計基準に経営者の行動が反した場合に企業に制裁措置を行う設
定で分析がされている。Dye(2002)は会計基準が実際の財務報告の開示にどのように影響す
るか,その影響を踏まえて会計基準がどのように改定されるのか,状況を特徴づけるパラメー
タのエラーが会計基準にどのように影響を与えるか,そして財務報告に対する影響を予想する
場合,基準設定者は戦略的にどのように会計基準を設定するのかを分析した。このモデルを嚆
矢として,経営者が会計基準に逸脱した場合に制裁が課せられる設定での会計基準と経営者行
動との関係を分析するモデルがいくつか発表された。Kaplow(2011)は制裁措置を政策選択
として課すために必要な証拠の閾値の負担を,制裁の執行努力と制裁の水準との両方を扱うこ
とで制裁措置のモデルを拡張した。分析では,制裁措置の基準を上げることが,逆に不適切な
制裁措置の可能性を高めてしまうことを示している。Gao(2014)は,最適な認識基準には,
会計基準がもたらす認識の誤りに基づく統計的効果と,経営者のインセンティブによって会計
操作される戦略的効果との間にトレードオフがあることを見出している。
監査法人による会計上の見積りと経営者の見積りの偏向に関しては,長吉(2018)がある。
会計上の見積りに関する監査証拠は,会計上の見積りの「合理性」の検証にともなうものであ
り,会計上の見積り金額の計上に関する計算要素の合理性を立証するものであって,見積り金
額そのものを直接的に立証するものではないとし,従来の監査証拠に基づくリスクアプローチ
のれんに関する経営者と監査法人の会計上の見積りの関係(花村)
33
を直接適用することに疑義を呈している。山本(2018)は,国際会計基準におけるのれんの会
計処理と監査上の対応について論じている。のれんの減損が計上される場合は,結果的に買収
時点での判断の甘さが事後的に露呈しているわけで,いくら当初はコアのれんとして理論的な
根拠づけがなされたものであっても,結果的に差額概念に過ぎなかった,としている。そし
て,のれんに対する監査上の対応に関して,監査法人が被監査会社から報酬を得て監査を行う
制度上,独立性を保持して経営者に対抗できるかは疑問であるとしている。さらに,のれん
は,監基報 200A45 項に掲げる見積り項目における財務報告の性質に起因する監査の限界を最
も意識すべき勘定としている。本稿は,山本(2018)における問題提起を Laux and Stocken
(2018)のモデルにより掘り下げて分析,検討するものである。
5. モデル
5.1 会計上の見積り
会計上の見積りの監査の特徴は,財務諸表に計上された金額の直接的な検証ではなく,経営
者が設定した仮定やその主観の合理性の検証,いわば見積り金額を算出するための計算式を構
成する各計算要素の合理性の検証となる。経営者は入手した情報や自らの主観によって何らか
の仮定を設定し,これによって見積り金額の算出に関する計算式を組み立てて会計上の見積り
を算出する。買収の場合,当然ながら,買収金額が決定されることで同時にのれんの会計上の
見積りも決定されるので,買収とのれんの会計上の見積りの利害は表裏一体の関係にある。一
方監査人は,この計算式により算出された答えとしての見積り金額の合理性を検証するのでは
なく,当該計算式を構成する各計算要素,すなわち,経営者が設定した仮定の合理性を検証す
る。計算要素を取り巻く環境としては,買収企業内の環境,買収企業の取引相手の状況,買収
企業やその取引相手の財政状態や経営成績に影響を及ぼす社会的経済的状況が考えられる。こ
のように会計上の見積りにおいては,その算出のための計算式を構成する計算要素に,経営者
が設定した仮定や主観が存在するので,その合理性を検証しなければならないが,それに加え
て,計算要素を取り巻く環境にも著しい不確定要素がある。
一方で,監査基準は,「監査人は,会計上の見積りの合理性を判断するために,経営者が
行った見積りの方法の評価,その見積りと監査人の行った見積りや実績との比較等により,十
分かつ適切な監査証拠を入手しなければならない。」(第三 実施基準 三 5)としている。つまり,
経営者の会計上の見積もりと監査法人による見積もりとを比較して,減損認定となるかどうか
が決定される。また,監基報 540 第 12 項(4)に,「経営者の見積額を評価するため,監査人
の見積額又は許容範囲を設定する。
」とあり,監査法人が,経営者の会計上の見積りとは別に,
独自に見積りを設定する。さらに,監基報 540 第 2 項において,監査証拠がない限り経営者
立命館経営学(第 57 巻
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第 6 号)
の偏向が存在する兆候があったとしても,それだけでは経営者の偏向報告とはならないとして
いる。このことは,経営者の偏向報告とはならない範囲での経営者の偏向に基づいた会計基準
の見積りが存在することを意味している。そこで,会計上の見積りに関する「経営者の偏向」,
「監査法人の見積額」および,のれんを計上する一連のプロセスをモデル化する。
経営者と投資家からなる経済を考える。リスク中立の経営者は買収案件を発見するため努力
を行う。買収案件が発見された場合,経営者は,これを実行するため,会計上の見積りのもと
で作成された会計報告を行ってリスク中立の投資家から資金を調達する。この場合,投資家は
銀行と考えて差し支えない。経営者は見積りを操作してのれんを大きく計上することができる
が,それが不適正と発覚したとき,減損損失を計上することとなる。すなわち,のれんの計上
に当たって監査法人の許容範囲とは異なる経営者の偏向が存在し,かつ,監査証拠が発見され
た場合,企業は減損を計上しなければならない。
5.2 タイムライン
モデルのタイムライン,そして会計上の見積りのモデル化,減損の構成,は以下のとおりで
ある。
t = 0(投資努力)
2
経営者は,コスト g a /2 を伴う観察不能な努力 a ∈[0, 1]を行う。確率 a で買収案件を発見
し,確率 1 - a でそれに失敗する。買収案件を発見した場合,成功する確率 θ ∈[0, 1]を私
的に観察する。θ は一様分布に従う。成功は減損が発生しない場合,失敗は減損が発生する場
合を意味する。つまり,減損の兆候がないと経営者が予想する確率が θ ∈[0, 1]となる。
また θ ∈[0, 1]は経営者の会計上の見積りを含意し表す。θ ∈[0, 1]は会計上の見積りの
金額を意味していない。買収が成功する確率 θ と会計上の見積りの関係は,経営者が予想する
買収成功確率が高くなれば将来利益が発生する確率が高いので,会計上の見積りが甘くなって
いる。一方で,監査法人が買収成功確率を低くすることは将来利益を計上する確率が低いので
会計上の見積もりを厳しくしていることとなる。買収案件を実行するために資金 I > 0 を投資
家から調達する。資金が調達された場合,t = 3 でペイオフ x が実現する(買収案件が確率 θ で
成功したとき x = X > 0 が実現し,失敗したとき x = 0 となる)。
t = 1(会計報告と減損)
経営者は会計上の見積りのもとで作成された会計報告 R ∈ {R H , R L } を公表する。会計報告が
R H になる条件として,確率 θ が十分に高いこと,具体的には θ が監査法人の設定する閾値 θ P
以上であることを要求する(したがって,θ ∈[0, θ P ]であれば R = R L となる)。監査法人は,経営
者の見積りの方法が合理的であるかどうか(経営者の偏向がないか否か)を調査し,監査法人の
のれんに関する経営者と監査法人の会計上の見積りの関係(花村)
35
考える会計上の見積りと比較をする。閾値 θ P は監査法人の算定した会計上の見積りに相当す
る。経営者は θ を観察した後で,逆に θ < θ P で経営者の偏向に基づく R H を開示,あるいは,
θ > θ P で正しく R L を開示するかを決定する。つまり,経営者は監査法人の会計上の見積りを
知っているが,監査法人は経営者の会計上の見積りは知らない。ここで,監査法人の設定する
閾値とは別に,θ T を経営者が設定する会計上の見積りの閾値として「影の閾値」と呼ぶ。後
述するように,企業は θ ≥ θ P ならば監査法人の設定する閾値を超えて順守するので R H を報告
し,θ ∈[θ T , θ P ]ならば,経営者の偏向である R H を報告する。監査法人はこの報告しか観察
できない。また θ ∈[0, θ T ]に対して報告は R L になる。常に,θ T = θ P となるとき,経営者の
影の閾値と監査法人の閾値が一致しているという意味で完全順守と呼ぶ。監査法人は,一定の
確率で企業の会計報告を調査する。順守が確認されたら,調査は終了するが,違反が発見され
た場合,すなわち,θ < θ P に関わらず経営者の偏向で R = R H であり経営者の偏向の監査証拠
が発見された場合,監査法人は減損損失を認定する。図示すると以下となる。上が監査法人の
会計上の見積りの閾値,下が経営者の会計上の見積りの閾値を示す。
RL
RL
θP
RH
監査法人
経営者
θT
RL
RH
RH
偏向報告
図1
監査法人と経営者の会計上の見積り
減損と認定された場合の期待損失は,次式になる。
k(θ, θ P )=( π F + π (
)K
V θP - θ )
(1)
π F は,固定部分の損失となる。具体的には減損を計上することで,買収対象企業の事業計画
の見直し,管理体制,経営体制の刷新などの内部管理費用がかかる。
π V( θ P - θ )は減損額となる。これは,変動部分の損失であり,完全遵守を下回った分の一部
を減損費用として計上する。K は監査法人が減損を検出する確率である。監査法人が設定する
ことが可能であり,監査の強度を表す。
t = 2(投資決定)
投資家は,会計報告 R に基づいて資本 I を投資するか否かを決定する。NPV の事前の期待値
をゼロ(E[ θ ]X - I = 0 )と仮定し,投資家が予測する「影の閾値」θ̂ T に対して R = R L を観察
したとき投資家が θ ∈[0, θ̂ T]と認識すると仮定する。つまり,R = R L であれば,θ ∈[0, θ̂ T]
立命館経営学(第 57 巻
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第 6 号)
となるとので,期待 NPV < 0 であるから,投資実行されない。一方で R = R H であれば,θ ∈
[θ̂ T, 1]となるので,期待 NPV > 0 であるから投資実行する。θ は一様分布であるので,
ファーストベストを期待 NPV = 0 としてファーストベストの θ を求めると,E[θ ]X - I = 0
から X = 2I であり,θ FB X - I = 0 から θ FB = 1 /2 となる。θ P < θ FB(θ P > θ F B )ならば法令順守
は NPV < 0 であるにも関わらず投資をする余地があるので,過大投資(過少投資)を動機づけ
てしまう。買収案件が成功したときの投資家のリターンを D とする。投資家の損益をゼロと
仮定すると,次式が成立する。
D( θ̂ T )=
∫θ̂1dθ
2
I
I=
∫θ̂1θdθ
1+ θ̂ T
(2)
T
T
θ̂ T が高くなるほど,分母が大きくなるから,投資家のリターンは θ̂ T に関して減少する。
t = 3(結果)
キャッシュフロー x が実現する。経営者は,確率 a で買収案件を発見し,会計報告が R H のと
き資本が調達され利益機会が生じる。ゆえに,期待利益は次式になる。
1
a ∫θ T θ( X - D(θ T )
)d θ = a
∫
1
θT
θ( X -
I
2
)dθ =
4G
1+θ T
(3)
経営者が自己資金で投資できるファーストベストの環境下では,θ が θ FB を超えたときにだけ
投資するのが最善となる( θ FB X - I = 0 )。したがって,経営者の最善の努力水準は,
max a∫
a
1
2
θ( X - D(θ FB )
)f(θ )d θ - g a / 2 より
θ FB
∫
1
1 /g ( θ X - I )d θ =
θT
3 X-4 I
I
=
8g
4g
(4)
となる。
5.3 監査法人の設定する会計上の見積りの閾値
監査法人の設定する閾値に関して次の 2 つの仮定を設ける。
仮定 1
θ FB( X - D( θ FB )
)< k( θ FB , 1)=( π F + π (1
- θ FB )
)K
V
仮定 2
π F K < θ FB( X - D(θ FB )
)
仮定 1 は,右辺がファーストベストでの期待減損損失,左辺がファーストベストでの期待利
益である。監査法人が θ P を十分に高く設定し会計上の見積りを厳しくすれば,経営者に θ T =
θ FB を選択させることができることを示している。θ P = 1 としたとき,θ FB(X - D(θ FB )
)-
)K < 0 となる。そして,θ P < 1 とすれば,左辺第 2 項の負が小さくなって
( π F + π V( 1 - θ FB )
のれんに関する経営者と監査法人の会計上の見積りの関係(花村)
37
θ FB( X - D( θ FB )
)-( π F + π (
)K = 0 が成立すれば,θ T = θ FB により,ファーストベ
V θ P - θ FB )
ストを実現することができる。あるいは,仮定 1 は θ P = 1 のもとで,θ T > θ FB を実現できる
)-(π F + π (
)K = 0)を示している。
こと(すなわち,θ T( X - D( θ T )
V 1 - θ T)
仮定 2 は,減損損失の固定部分 π F K は完全順守 θ T = θ P と θ T = θ FB を実現できるほど高く
ないことを示す。仮定 2 が成り立たないならば,θ P = θ FB とすれば,ファーストベストの投資
( θ P)
)= π F K より,θ FB > θ P ≥ θ T となることを示して
決定が実現する。仮定 2 は,θ(
P X-D
いる。
6. 経営者の最適報告戦略
6.1 ベンチマーク
監査法人がいない場合
ベンチマークとして監査法人が存在せず,経営者が特定の閾値 θ T に従って会計報告するこ
とをコミットできるケース,すなわち投資家がそれを信頼できる場合を考える。この場合に
は,資本調達を投資家に依存せざるを得ない状況下でも,経営者はファーストベストの投資決
定が可能となる。投資家の損益がゼロであるから経営者の期待効用 UE は次式になる。
1
UE = a ∫θ(
θ X - I)d θ -
T
ga
2
2
2
=-
2
ga
x
Xθ t
+ a(- I +
+ I θT -
)
2
2
2
(5)
(5)の a に関する 1 階条件より,
a=
1
(1 - θT)
(- 2 I + X + X θ T )
2g
(6)
I
となる。θ が経営者の私的情報であ
4g
るため,特定の閾値 θ T をコミットできない場合は,後述するように θ T < θ FB となるため,a
となるから,θ T = θ FB = 1 / X = 1 /2 とすれば a = a FB =
= a FB は実現不能になる。
6.2 監査法人がいる場合
監査法人がいる場合を分析する。監査法人が閾値を設定するので,経営者は勝手に自分の設
定した閾値をコミットできない状況となる。この時の経営者の最適報告戦略を求める。経営者
が θ ∈[θ P , 1]を観察したときは監査法人の設定する閾値に従い R = R H が最適となる。なぜ
)となるのに対して,R = R L では,資金が調達不能になって,
ならば,利益が θ( X - D( θ̂ T )
利益がゼロとなるからである。
しかし,θ ∈[0, θ P ]を観察した場合は,監査法人の設定する閾値に従えば R = R L により,
利益がゼロとなるが,次式のように投資の期待利益が期待減損損失を上回れば R = R H が選択
される。
立命館経営学(第 57 巻
38
第 6 号)
θ( X - D( θ̂ T )
)≥( π F + π (
)K
V θP - θ)
(7)
(7)が成り立たなければ,監査法人の設定する閾値に従って R = R L が選択される。従って,
経営者が選択する閾値は θ T であったから,最適な報告戦略は,θ ≥ θ T ならば R H,θ < θ T なら
ば R L となる。経営者の目的関数は共通知であるから,均衡において投資家の推定は θ̂ T = θ T
となる。次式を満足する一意の閾値 _θP を「完全順守閾値」とする。
_θ(
( _θP)
)= π F K
P X-D
(8)
θ T ≤ _θP であれば,経営者は常に θ T = θ P を選択(完全順守)し,θ P > _θP ならば θ T < θ P を選択
する。
命題 1
(i)θ P ≤ _θP ならば,均衡閾値は θ T = θ P となり,経営者は完全順守閾値を完全順守する。
(ii)θ P > _θP ならば,均衡閾値 θ T は次式の一意解となり,
θ(X
- D( θ T )
)=( π F + π (
)K
T
V θ P - θ T)
(9)
_θP < θ T < θ P を満足する。経営者はすべての θ ∈[θ T , θ P]で偏向報告をする。
証明は注
監査法人と経営者の会計上の見積りに関する閾値を図示すると以下となる。
(i)θ P < _θP の場合
θP
RL
RH
監査法人
θ▁P
θT
RL
RH
経営者
完全順守
図2
会計上の見積りの閾値(θP<θ▁P )
のれんに関する経営者と監査法人の会計上の見積りの関係(花村)
39
(ii)θ P > _θP の場合
RL
RL
θP
RH
監査法人
θ▁P
経営者
θT
RL
RH
RH
偏向報告
図3
会計上の見積りの閾値(θP>θ▁P )
命題 1(i)は,θ P が十分に緩く θ P ≤ _θP であれば,( θ T < θ P は減損損失だけでなく,成功する確
率が低いため偏向報告するメリットが小さいから)完全順守( θ T = θ P)が実現することを示す。す
なわち,完全順守閾値が緩い場合,企業は完全順守することを示している。仮定 2 より,θ_ P
< θ FB を分析対象にする。θ FB < _θP ならば,θ P = θ FB によって,問題が解決してしまうからで
ある。
(ii)は,θ P > _θP ならば,完全順守 θ T = θ P は実現不能になることを示す( θ T < θ P,つまり
θ ∈[θ T, θ P]で R = R H が選択される)。監査法人の設定する閾値が厳しい場合,企業の完全順守
は不可能となる。監査法人の設定する閾値が変わることで経営者の報告戦略がどのように変わ
るかを次の命題で示す。
命題 2
(i)θ P < _θP ならば,θ P の増加は,同額だけ θ T を増加させ( d θ T / d θ P = 1),完全順守 θ T = θ P が
維持される。
(ii)θ P ≥ _θP ならば,θ P の増加は θ T を増加させるが,増加幅は小さくなる( d θ T / d θ P ∈(0, 1))
から,偏向報告の区間( θ T , θ P )が拡大する。
証明は注
各々の閾値を図示すると以下となる。
立命館経営学(第 57 巻
40
第 6 号)
(i)θ P < _θP の場合
θP
RL
RH
θ▁P
θT
RL
RH
図4
増分が等しくなる場合
(ii)θ P ≥ _θP の場合
RL
RL
θP
RH
θ▁P
θT
RL
図5
RH
RH
増分が異なる場合
監査法人の設定する閾値が厳しく,θ P ≥ _θP の場合,すべての θ ∈[θ T , θ P]において経営者の
偏向が報告され,( θ T の増加率が θ P よりも小さく)dD(θ T )/ dθ P ∈(0, 1)であるため,経営者の
偏向領域[θ T , θ P]が拡大する。それに応じて減損損失の期待値が増加するので,θ P の上昇は
経営者の偏向報告の誘因を減らし,θ T を θ P の増加率よりも高めるように思われる。しかし,
そうならないのは,それを打ち消す力が働くからである。θ T が増加すると,投資が成功する
確率が高まるため,投資家が要求するリターン D(θ T )が低下して,経営者の期待利益 θ T(X
)が増加して,資金調達のために経営者の偏向を報告する誘因が高まって,dθ T /dθ P
- D(θ T )
< 1 となるからである。
7. 経営者の投資努力と監査法人の設定する会計上の見積り
監査法人の設定する閾値の変更は投資努力に如何なる影響を及ぼすか分析する。θ̂ T = θ T の
もとで,
(2)の D(θ T )を(3)に代入すると,経営者の事前効用は次式になる。
1
∫
∫
θP
UE = a
2
( θ X - I )f( θ)d θ - ( π F +( θ P - θ )π V )Kf(θ )dθ - ga /2
θT
θT
期待ペナルティ
(10)
41
のれんに関する経営者と監査法人の会計上の見積りの関係(花村)
これより,最適努力水準は次式になる。
*
a = V/g
(11)
1
∫
∫
θP
ただし,V ≡ ( θ X - I )f(θ )d θ - (π F +(θ P - θ)π V )Kf(θ )dθ
θT
θT
*
後述するように,V は θ P に関して凹関数となる。そこで,すべての θ < θ PI で a が増加し,す
*
べての θ > θ PI で a が減少する閾値を θ PI で表す。
命題 3
以下を成立させる一意の閾値 θ PI が存在する。
*
(i)θ P < θ PI ならば,θ P が増加すると a が増加する。
*
(ii)θ P > θ PI ならば,θ P が増加すると a が減少する。
証明は注
図示すると以下となる。
θP
α*
θT
θP
図6
α*
θP の位置とα* の増減の関係
θ P の引上げ(厳格化) は,経営者の期待ペイオフに相反する 2 つの影響を及ぼす。1 つは,
監査法人の設定する閾値が投資決定に対する会計報告の有用性に及ぼす効果,すなわち投資決
定の効率化効果である。会計上の見積りは経営者に θ T < θ FB を選択させるから,すべての
θ ∈[θ T , θ FB ]について過大投資を動機づける。したがって,θ P の引上げは,期待減損損失の
増加を通じて,θ T の引上げを促すから,過大投資領域(θ T , θ FB )を縮小させる。それによる投
資決定の効率化は投資家が要求するリターン D を引下げて,経営者の期待ペイオフを改善す
るから,努力の動機づけ能力を高める。θ P の引上げは,θ T = θ FB に到達するまで,努力の増
加を可能にする。しかし,その点を超え監査法人がさらに θ P を引上げると,すべての θ ∈
[θ FB , θ T]で過小投資 θ T > θ FB を誘発する。それに伴う投資効率の悪化は,V の減少を通じて
努力を低下させる。
第 2 の効果は,監査法人の設定に反するときに生じるコストを増加させる効果である。θ P
> _θP の場合,経営者はすべての θ ∈[θ T , θ P ]で経営者の偏向を報告するから,事前的には,
期待減損損失
θP
∫ (π
θT
F
+ π(
)K d θ が生じる。θ P の引上げは,θ T の引上げ速度が遅いた
V θP - θ)
立命館経営学(第 57 巻
42
第 6 号)
め,違反領域[θ T , θ P ]を拡大させる。それは期待減損損失の増加を通じて経営者のペイオフ
を低めて,努力に対するインセンティブを弱める。
これらの相反する効果により,経営者の努力を最大にする会計上の見積り θ PI は区間 θ PI ∈
_
_
[θ_ P, θ P]の中に存在する。ただし,θ P は θ T = θ FB = 1/2 を誘引する会計上の見積りである。
_
_ P, θ P]となり,区間の中に存在することを示すために,最初に,θ P < _θP とする。θ T =
θ PI ∈[θ
θ P が選択されるから,規制コストは発生せず,θ P の引上げがもたらす投資の効率化効果のみ
_
が生じ,θ T が θ FB が近づき V が増加する。θ PI は _θP より下にはない。次に,θ P = θ P を考えよ
う。企業は θ T = θ FB を選択する。これよりも θ P を高めると,領域 θ ∈[θ T , θ P ]を拡大させる
だけでなく,θ T > θ FB となって,過小投資を引き起こす。これらのいずれの効果も努力のイン
_
_
センティブを低下させるから,θ PI > θ P となることもあり得ない。θ P = θ P は,θ P の限界的な
引下げは投資効率に殆ど影響を与えないのに対して,コストを緩和するので,努力インセン
_
ティブを高める。ゆえに,θ P = θ P は排除される。以上の結果は命題 4 となる。
命題 4
_
_ P , θ P]に属し,企業家に
投資努力を最大にする会計上の見積り θ PI は区間 θ PI ∈[θ
θ T ∈[θ_ P , θ FB ]を選択させる。
証明は注。
命題 5
経営者の投資努力を最大にする会計上の見積りは次の特性をもつ。
*
θ PI > _θP かつ da /d θ P = 0 となる。
*
但し,θ P = _θP で評価したときに,da /d θ P = H = 0 とするパラメータのペアーを(π̂ F , π̂ V )
とする。このとき,π F ≦ π̂ F,π V ≧ π̂ V ,そしていずれか一方が厳密な不等式が成り立つことが
条件となる。
証明は注。
*
*
θ P の変更が a に及ぼす影響は次式で表わされた。
dθT
dθ T
da
- K( π F +( θ P - θ)π V )
= -(θ T X - I)
(1 -
) /g
dθP
dθP
dθ P
ただし,
(12)
dθT
KπV
=
dθP
Kπ V +X( 1-1 /( θ T +1 )2 )
π V が大きく π F が小さいので,θ P の引上げに伴う θ T の増加も大きくなるので,投資効率の
43
のれんに関する経営者と監査法人の会計上の見積りの関係(花村)
*
改善効果が大きくなり,コスト効果が小さくなって,da /dθ P > 0 となる。さらに,θ P を引き
上げると,θ T は θ FB に接近する,-(θ T X - 1)がゼロに近づく結果,投資効率効果は小さく
*
なる一方,K( π F +( θ P - θ T )π V )が大きくなる。ゆえに,再び da /dθ P < 0 となる。θ PI にお
*
いて da / d θ P = 0 となるのは既述のとおりである。
8. 社会的厚生と監査法人の設定する会計上の見積り
社会的厚生(経営者と投資家の効用の合計)を最大にする会計上の見積りと監査法人が設定す
る閾値との関係を分析する。社会的厚生を最大にする会計上の見積もりを厚生最大基準と呼
ぶ。投資家の期待損益はゼロとするから,社会的厚生は(10)で与えられる経営者の効用で代
*2
*
替される。(11)の a を(10)に代入すると,UE = a
g/ 2 になる。これは監査法人が θ P = θ PI
とすることを含意する。
命題 6
厚生最大基準は経営者の努力を最大化する。すなわち,θ *P = θ PI である。
証明は注。
投資努力と投資決定をファーストベスト水準で比較しよう。命題 5 で示したように,厚生
最大基準は θ *P = _θP か θ *P > _θP であり,投資の効率化と規制コストのトレードオフによって定
まった。その結果,すべての θ ∈[θ T , θ FB ]で経営者の偏向を報告する。投資の非効率化と規
*
制コストがペイオフを低下させる結果,a < a FB が生じる。したがって,経営者の偏向報告の
可能性が努力を低下させ過大投資を招いてしまう。
系1
*
厚生最大基準 θ P = θ *P のもとで,企業はファーストベストよりも低い努力水準 a < a FB
を選択し,ファーストベストよりも過大な投資( θ T < θ FB )を行う。
厚生最大基準 θ *P は,パラメータ K で表される監査強度の強弱に応じてどのように変化する
かを分析する。次の命題は θ *P と K の関係を示している。
命題 7
厚生最大基準の見積り θ *P は監査強度 K に関して減少する。
証明は注。
命題 5 で示したように,θ *P > _θP となり,経営者は θ T < θ P を選択する。したがって,K の
立命館経営学(第 57 巻
44
第 6 号)
増加は,たとえ θ P が普遍であったとしても,経営者の行動を変化させる。具体的には,コス
トの増加に対応すべく,θ T を θ P に近づける結果,θ FB にも近づく。ゆえに,投資の効率性が
高まる((12)の-(θ T X - 1)が低下する)。コスト効果が投資効率化効果を優越するので,両者
*
が再度等しくなる(da / d θ P = 0)まで,設定主体は θ P を引下げる。ゆえに,θ *P と K の相関は
負になる。
9. 総括と課題
本稿は,会計上の見積りをモデル化して,のれんの減損が発生するメカニズムを示し,監査
法人の見積りと経営者の見積り,そして経営者の投資行動の関係を明らかにしようとした。の
れんの減損自体ではなく,のれんに関する会計上の見積りを分析対象として,減損の発生する
リスクについて分析を行った。
_ P は低く
命題 1(ii)は,減損発生に関する処理コストは減損額自体に比べると低いので,θ
なる。従って,θ P > _θP となりやすく,経営者の偏向報告が発生しやすくなる。つまり,のれ
んに関する会計上の見積りは,そもそも内在的に偏向報告がされやすい構造にあることを示し
ている。
命題 2(ii)は,監査法人の見積りが厳しくなると,偏向報告の区間が拡大することを示して
いる。つまり,のれんの減損リスクを踏まえて監査法人が見積もりを厳しくすると,事前で
は,それに対応して経営者の偏向報告の区間が拡大して,監査法人の思惑とは反対に,偏向報
告が起きやすくなることを示している。
命題 3,4,5,6 は,投資機会を見つけ出すための経営者の努力を最大にする会計上の見積
もりが存在することを示している。しかしながら,経営者の努力を最大にする会計上の見積り
では偏向報告となり,また過大投資となる。すなわち,企業買収で計上されるのれんは,将来
の減損リスクを必ず抱えてしまうことを,これらの命題は示唆している。
しかしながら,命題 7 の主張は,監査基準を緩くしたとしても,監査強度を上げることに
より,経営者の努力を最大にする偏向の見積りは減少し,過大投資が低下するというものであ
る。
以上を踏まえて,買収において,のれんの減損リスクを減らす施策は,事前の段階で監査法
人の見積りを厳しくせず,監査強度を上げることによる方法をとるべきであるといえる。ま
た,減損が発生した場合に,経営者に説明責任をより課していくことも,減損に関する固定的
_ P を引き上げる重要な施策となる。
な損失を引き上げて,θ
企業買収は,社内でプロジェクトチームが組成されて秘密裡に行われることが多く,投資の
守秘性から取締役会に逐一報告されることもない。買収の基本合意契約の前日に取締役に上程
のれんに関する経営者と監査法人の会計上の見積りの関係(花村)
45
されることもある。このようなプロセスを経る限り,買収金額が決定されてその後にのれんの
金額を会計上の見積りの合理性をつけているのが実態ではないだろうか。本稿のモデルはこの
ような現実を示している。
山本(2018)は,監査法人が買収先の企業価値評価を行い株価算定を事前に行えば,強力な
監査証拠が得られるはずであり,従来はこのような非監査業務の提供は制限なく認められてい
たとして,エンロン事件以降,SOX 法により監査業務と非監査業務の同時提供が禁止された
ことの弊害を指摘している。そして,SOX 法 201 条(b)の例外規定を日本でも援用して,当
局の認可の下で企業価値評価業務を監査法人に認めることが対応策となるとしている。
しかしながら,事前ではコアのれんとして理論的な根拠づけがなされたものであっても,事
後では差額概念に過ぎないものが,そもそものれんだとするならば,事前の買収時点で企業が
監査法人に企業価値算定業務を果たして依頼するのか,という疑問がある。
本稿のモデルでの分析が示すことは,1)企業買収に伴って発生するのれんは,監査法人の会
計上の見積りが厳しい場合,経営者の偏向が,そもそも発生してしまうこと,2)将来の減損リ
スクを抑えるためには,監査法人の会計上の見積りを厳しく設定するよりも,本稿のモデルが
示す完全順守に近づけて,一方で,監査強度を上げる施策をとることが,経営者の偏向を減ら
すこと,3)そのためには,案件の守秘性を理由に社内で秘密裡に進めるのではなく,買収金額
とそれに伴って発生するのれんに関して,監査委員会,監査役等の取締役を入れて会計上の見積
りを考慮しつつ,買収金額を決定するプロセスが有効な対応策として考えられること,である。
本分析の課題は多々ある。経営者がリスク中立であること,減損発生に関わる固定的な損失
を明確にしていないこと,また,減損が発生した事例をサンプルとして本稿のモデルの実証が
必要であること,これらは,モデルを精緻化するにあたっての課題である。
証明注
命題 1 の証明
投資家の推定閾値を θ̂ T ∈[0, 1]とすると,投資家は次のリターンを要求する。
1
D( θ̂ T )=
f
dθ
∫θ̂ (θ)
I
1
f
dθ
∫θ̂ θ(θ)
T
ただし,E[θ]X = 1 と仮定しているから,一様分布の場合 X = 2I
T
より θ̂ T = 0 ならば,D(0 )= 2 I = X となり,θ̂ T > 0 ならば,D( θ̂ T )< X となる。一様分布であ
1
1
2
2
f
d θ =(1 - θ̂ T )/ 2
f
d θ = 1 - θ̂ T
D( θ̂ T )=
I
るから ∫ θ̂ (θ)
∫ θ̂ θ(θ)
1 + θ̂ T
dD(θ T )
2
=-
2 I
dθT
(1 + θ T )
T
T
企業家が θ ∈[0, θ P ]を観察したとすると,次式が成立するならば,
Γ(θ)= θ( X - D( θ̂ T )
)-( π F + π (
)K ≥ 0
V θP - θ)
立命館経営学(第 57 巻
46
第 6 号)
会計上の見積りに違反して R H を報告するが,Γ(θ)< 0 ならば,監査法人の会計上の見積りを
順守する。すべての θ < θ P に対して Γ( θ)< 0 ならば,完全順守 θ T = θ P となる。Γ(θ )は θ
に関して増加するから,
Π ≡ θ(
)- π F K ≤ 0
P X - D( θ̂ T )
(13)
ならば,すべての θ < θ P について Γ(θ)< 0 となる。したがって,投資家の推定 θ̂ T を所与と
して,(13)が成立てば,θ T = θ P を選択する。そうではなく,
Π = θ(
( θ̂ T )
)- π F K > 0
P X-D
(14)
ならば,次式の解 θ T は,θ T < θ P となる。
Γ(θ T )= θ(
)-( π F + π (
)K = 0
T X - D( θ̂ T )
V θP - θT )
(15)
∂Γ
2I
= θ X-
+ K(π+( θ
∂θ
1 + θT
(14)より,Γ(θ P )= θ(X
- θ p )πV )> 0 より Γ(θ)が θ に関して増加し,Γ(θ )< 0,かつ,
P
θ T が一意であり,区間( 0, θ P )にあることを示すために,
(
)
)- π F K > 0 となるから,θ T が一意であり,区間(0, θ P )にあることがわかる。した
- D( θ̂ T )
がって,企業家はすべての θ ∈[θ T , θ P ]で経営者の偏向 R = R H を報告し,すべての θ ∈[0,
θ T ]で真実 R = R L を報告する。
均衡において,投資家の推定は企業家の選択に一致するから,θ̂ T = θ T となる。投資家が完
E
)- π F K ≤ 0 となる場合に限り,企業家は θ T
全順守を予測する場合,Π (θ P )= θ(
P X - D( θ P )
dD(θ P )
2
= θ P を選択する。また,
=-
2 I < 0 であるので
dθP
(1 + θ P )
E
d Π ( θ P)
dD( θ P )
E
=( X - D( θ P )
)- θ P
> 0 より Π (θ P )は θ P に関して増加する。
dθP
dθP
次式で与えられる完全順守を可能にする最大値を _θP とする。
E
Π (θ_ P )= _θ(
θP )
)- π F K = 0
P X - D( _
(16)
E
Π (0)=- π F K < 0 であり,θ P = θ FB に対して,仮定 2 より
E
_ P ∈[0, θ P ]となる。θ P ≦ _θP ならば,
Π ( θ FB )= θ FB( X - D( θ FB )
)- π F K > 0 となるから,θ
企業家は完全順守を選択する。
他方,θ P > _θP ならば,企業家は θ T < θ P を選択する。θ̂ T = θ T を(15)に代入すると,均衡
における θ T の選択は次式を成立させる。
E
Γ = θ(
)-( π F + π (
)K = 0
T X - D( θ T )
V θP - θT )
(17)
E
θ T が一意,かつ,θ T ∈[θ
_ P , θ FB ]となることを示す。θ T = _θP に対しては,(16)より,Π =
47
のれんに関する経営者と監査法人の会計上の見積りの関係(花村)
_θP( X - D( _θP)
)-( π F +( θ P - _θP )π V )K < 0 となる一方,θ T = _θP に対しては,θ P > _θP かつ
E
∂Γ
E
E
∂ Π ( θ P)/ ∂ θ P > 0 より,Π = θ(
( θ P)
)- π F K > 0 となり,さらに,
=(X - D( θ T )
)
P X-D
∂θ T
dD(θ T )
E
+ π V K > 0 より Π が θ T に関して増加する。
- θT
dθT
□
従って θ T が一意であり,区間(0, θ P )にある。
命題 2 の証明
(i)θ P ≦ _θP ならば,命題 1 より,企業家は θ T = θ P を選択する。θ P が変化したら,θ T も同額
だけ変化するから,d θ T /d θ P = 1 となる。
(ii)θ P ≦ _θP ならば,企業家は(17)の解 θ T を選択する。陰関数定理により次式を得る。
E
dθT
Kπ V
∂ Γ / ∂θ P
=-
=
∈(0, 1)
E
dθP
K π V +( X - D(θ T )
)- θ T dD( θ T )/dθ T
∂Γ /∂θT
(∵ X - D( θ T )> 0,dD( θ T )/d θ T < 0)
D( θ T )= 2I(
/ 1 + θ T )より,
dθT
Kπ V
=
∈(0, 1)
dθP
K π V + X - 2I /(1 + θ T )2
2
(∵ X = 2I ⇒ X - 2 I /(θ T + 1))> 0
(18)
□
命題 3 と 5 の証明
*
∫
1
命題 1(i)より θ P < _θP ならば,θ T = θ P より,(11)は a = (θX - I)f(θ )dθ /g となる。仮
θ̂ T
_ P< θ FB ,かつ θ TB X - I = 0 であるから,θ T = θ P < _θP より,θ T X - I < 0 となる。
定 2 により,θ
*
d θ T / d θ P = 1 であるから a の θ P に関する 1 階微分は次式より正になる。
*
da
dθ
=-( θ T X - I ) T > 0
dθP
dθP
*
ゆえに,θ P < _θP ならば,a は θ P に関して増加する。
da
dθ
dθ T
= H ≡ -(θ T X - I) T - K( π F +(θ P - θ T )π V ) 1 -
dθP
dθP
dθ P
*
θ P > _θP ならば,まず (11)を θ P で微分すると次式になる。
/g
(19)
ライプニッツの定理より
y
dy
∫
h (y )
g ( y)
∫
1
∫
θP
f(x, y )d x =
∫
h (y )
g ( y)
∂(x
f , y)
dh(y )
dg(y )
+ f( h(y )
, y)
- f(g(y )
, y)
を適用して
∂y
dy
dy
∂A
dθ
= -(θ T X - I) T
A ≡ ( θ X - I)f(θ )d θ とすると,
θT
∂θP
dθ P
B ≡ ( π F +(θ P - θ )π V )K f( θ)d θ とすると,
θT
立命館経営学(第 57 巻
48
dB
=
dθP
∂B
=
∂θP
∫
∫
θP
θT
θP
θT
第 6 号)
π V K f( θ)d θ + π F K f( θ P )-( π F +(θ P - θ T )π V )Kf(θ )
dθ P
dθ T
π V K f( θ)d θ + π F K f( θ P )=( θ P - θ T )π V K + π F K
∂B
dθT
= -(π F +( θ P - θ T )π V )K
∂θP
dθP
(19)の右辺第 1 項は正であり,投資決定の効率化効果,また命題 1(ii)より _θP < θT < θ P で
あるから第 2 項は負であり,減損コストが増大する効果を表している。次に,努力を最大に
θ P = _θP
= Y ≡ -(θ T X - I )
dθT
- KπF
dθP
1-
dθ T
dθ P
|
*
da
dθP
する会計上の見積り θ PI を導く。θ P = _θP = θ T ならば,(19)は次式になる。
/g
(20)
*
*
Y < 0 ならば,θ P > _θP は a を低下させるから,θ PI = _θP となる。Y > 0 ならば,θ P > _θP は a を
高める。ゆえに,θ PI は投資決定の効率化と減損コストの増加をバランスさせる点,すなわち,
(11)が厳密に凹であるから,(19)をゼロ( H = 0)にする点として求められる。凹性の証明
は以下の通り。
*
∂ H(θ P , θ T )
=- KπV
∂θP
1-
dθT
dθP
(19)より,
d 2a
d H(θ P , θ T ) ∂ H(θ P , θ T ) ∂ H(θ P , θ T ) dθ T
=
=
+
2
dθP
∂θP
∂θT
∂θP
dθ P
/g < 0
(21)
(18)
(19)より,
2
∂ H(θ P , θ T )
dθT
dθT
(θ X- I)- K( π F+(θ P -θ T )π V ) d θ T
=- X
+ K π V(1-
)- T
dθT
g
dθP
dθP
dθ P dθ T
d θ T ( θ T X -I)- K( π F+(θ P -θ T )π V ) d 2 θ T
2I
-
=-
2
g
dθ P dθ T
(θT + 1) dθP
(∵- X
=
Kπ V + X - 2 I /(θ T + 1)2 - Kπ V
- XKπV
2 + Kπ V
K π V + X - 2 I /(θ T + 1 )
Kπ V + X - 2 I /(θ T + 1)2
=
dθ T
- X K π V + K π V( X - 2 I /(θ T + 1)2 )
2I
)
=-
K π V + X - 2 I /(θ T + 1 )2
(θ T + 1)2 dθ P
2
dθT
( θ T X - I )- K( π F +(θ P - θ)π V ) d θ T
2I
-
< 0 (22)
2
g
g(θ T + 1 ) d θ P
dθ P dθ T
︱︱︱︱︱︱
⎱
⎱ ⎱⎱⎱
+
-
︱︱︱︱︱︱
⎱⎱⎱⎱
=-
dθT
dθT
+ K π V(1-
)
dθP
dθP
-
のれんに関する経営者と監査法人の会計上の見積りの関係(花村)
(∵( θ T X -I)< 0 かつ
49
∂ 2θ T
4I( θ T + 1)Kπ V
=-
< 0)
d θ P dθ T
((X + Kπ V)
(θ T + 1)2 - 2I)2
*
dθT
d 2a
> 0 であったから,
< 0 となる。
dθP
d θ P2
(19)の最適解において,H = 0,かつ,0 < dθ T /dθ P < 1 であるから,( θ T X - I )< 0 とな
ることが再確認される。これと θ FB の定義より,θ T < θ FB となることが確認される。また,θ P
= 1 は θ T ≥ θ FB を可能にするという仮定 1 より,θ T < θ FB はそれを誘引する会計基準は内点解
θ P < 1 になることを含意する。
(20)より,Y = 2 I K
(1 /2 - _θP )π V -(1 - 1/(θ T + 1)2 )π F
g( K π V + 2 I(1 - 1(
/ θ T + 1)2 )
1
1
- _θP π V - 1 -
2
(θ T + 1 )2
Θ( π F , π V )=
符号は次式の符号に依存する。
と書き換えられるから,Y の
πF
(23)
仮定 2 より,θ_ P < θ FB = 1 / 2 であるから,第 1 項は正になる。Y の符号が正になるか負になる
かを明らかにするために,Θ( π̂ F , π̂ V )= 0 を充たすペアーを( π̂ F , π̂ V )と定義する(仮定 1,仮定
2 を満足するその組合せは無数にある)。例えば,
仮定 1 より I < 3(π F + π V /2 )K
(24)
仮定 2 より 3 π F K < I
(25)
より,θ_ P =
π̂ F
1
π̂ F を所与とすると,
(23)より,π̂ V =
1-
(1 /2 - _θP )
(θ T + 1)2
> 0 となる。ただし,
(8)
1
( K π̂ F +√K π̂ F( 8 I + K π̂ F)< 1/2 である。
4I
最後に,π F が π̂ F に対して変化し,π V が π̂ V に対して変化するときに Θ(π F , π V )がどのよう
1
- 1-
(θ T + 1)2
2πF
πV +
θ
( T + 1 )2
∂ Θ( π F , π V )
∂ _θP
=-
∂πF
∂πF
に変化するかを示す。(8)が示すように _θP は π F に関して増加するので,(23)より,
<0
∂ Θ( π F , π V ) 1
=
- _θP > 0
∂ π VF
2
したがって,π F ≥ π̂ F かつ π V ≤ π̂ V ならば Y ≤ 0,π F ≤ π̂ F かつ π V ≥ π̂ V (いずれか一方が厳密な不等
式)ならば Y > 0 となる。
□
立命館経営学(第 57 巻
50
第 6 号)
命題 4 の証明
_
θ PI ≥ _θP は命題 3 と 5 の証明より明らかだから,θ PI < θ P に焦点を当てる。命題 3 と 5 は θ PI >
*
_θP ならば θ T < θ PI となることを示している。θ PI は da /dθ P = H = 0 で求められる。
(19)より,
次式を得る。
-( θ T X - I )
dθT
dθ T
= K( π F +( θ P - θ )π V )
(1 -
)> 0
dθP
dθ P
dθT
dθT
> 0,
> 0,より,-( θ T X - I)< 0 = θ FB X - I となるから,θ T < θ FB
dθP
dθP
_
となる。最後に,θ P は θ T = θ FB を動機づけ,θ T は θ P に関して増加するから,θ T < θ FB は θ PI <
_
θ P を含意する。□
-( θ T X - I )
命題 7 の証明
π F ≤ π̂ F ,π V ≥ π̂ V かつ,いずれか一方で強意の不等式が成立つケースを考える。この場合,θ *P
> _θP となるから,最適基準は,次式が成立するような,投資の効率性と減損コストのバラン
スが求められる。
*
da / d θ P = H( θ P , θ T , K )= 0
(26)
K の変化に対して θ *P がどのように反応するかを調べるために,(18)
(19)を(26)に代入する
と次式を得る。
H=
-( θ T X - 1 )π V -(π F +( θ P - θ T )π V )
( X - 2I /(θ T + 1)2 ) K
=0
g
K π V + X - 2 I /(θ T + 1 )2
2I
H(
≡-( θ T X - 1 )π V -( π F +(θ P - θ T )π V ) X -
1 θ P, θ T)
( θ T + 1)2
ゆえに,θ *P は次式を解く θ P として求められる。
=0
(27)
上式に陰関数定理を使うと,次式を得る。
∂ H 1( θ P , θ T )∂ θ T( K, θ P )
∂θT
∂K
d θ *P
= --
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
dK
∂ H 1( θ P , θ T ) ∂ θ T( K, θ P ) ∂ H 1( θ P , θ T )
+
∂θT
∂θP
∂θ P
θ T を一定にすると,K は,H 1 に(したがって θ *P に)影響を与えない。しかし,K は θ T を通じ
て間接的に θ *P に影響を及ぼす。
d θ *P / d K < 0 を証明するために,最初に ∂ θ T / ∂K > 0 を示す。(9)に陰関数定理を使うと,
のれんに関する経営者と監査法人の会計上の見積りの関係(花村)
51
∂θT
π F +( θ P - θ T )π V
2
=
> 0 となる(∵ X = 2 I より X -2 I /( θ T + 1 ) > 0 )
∂K
X + π V K - 2 I /(1 + θ T )2
L2 ≡ θ(
π V )K = 0
)-(π(
T X - D( θ T )
F θ P - θ T)
∂ L2
=-( π F+( θ P - θ T )π V )
∂K
∂ L2
d D( θ T )
=(X - D( θ T )
)- θ T
+ πV K
∂θT
dθT
2I
2 Iθ T
2I
= X + πV K -
+
= X + πV K -
θ
( 1 + T ) ( 1 + θ T )2
(1 + θ T )2
さらに,
∂H1
2 π F +( 1 + 2 θ P - θ T )π V
=- 2 I
<0
∂θT
( 1 + θ T )2
∂H1
2I
<0
=- π V X -
∂θP
( 1 + θ T )2
であるから,d θ *P / d K < 0 となる。したがって,K の増加は θ *P を減少させる。□
<参考文献>
Laux, V. and P.C. Stocken. (2018) “Accounting Standards, Regulatory Enforcement, and Innovation.”
Journal of Accounting and Economics, Vol. 65, Issues 2-3, pp.221-236
Dye, R.A. (2002) “Classifications manipulation and nash accounting standards.” Journal of Accounting
Research, Vol.40, No.4, pp.1125-1162
Gao, P. (2014) “Optimal Thresholds in Accounting Recognition Standards” Working Paper, University
of Chicago
Kaplow, L. (2011) “On the optimal burden of proof.” Journal of Political Economy, Vol.119, No.6,
pp.1104-1140
監基報 540:日本公認会計士協会監査基準委員会報告書 540「会計上の見積りの監査」,平成 27 年 5 月
29 日改正。
長吉眞一(2018)「会計上の見積りの監査における監査証拠の十分性と適切性」『経営経理研究』第 111
号,29-41 頁。
山本貴啓(2018)「IFRS におけるのれんの会計処理と監査上の対応」『會計』森山書店 第 194 号,
54-68 頁。
立命館経営学(第 57 巻
52
第 6 号)
Accounting Estimate by Management and Auditor,
and the Effect to Management’s Behavior
on Investment
Shinya Hanamura *
Abstract
This paper modeled accounting estimates, showed the mechanism by which goodwill
impairment occurs. The model tried to clarify the relationship between the estimate of the
auditor and that of the management, and the effect to the investment behavior of the
management. We analyzed the risk of impairment, not the goodwill impairment itself, but
the accounting estimate of goodwill. In addition, we examined the impact of auditing firms’
compulsory execution of impairment accounting and impairment on corporate investment
activities and social welfare. A manager records a large amount of goodwill by manipulating
accounting estimates, and if the auditor detects and points out the fact, the company records
an impairment loss. However, in the analysis by the model of this paper, the accounting
estimate of the manager on goodwill is likely to be inherently the bias by management, and
even if the auditing firm makes strict accounting estimates, the deviation between
management and auditor will not decrease, but expand inversely. Furthermore, in
accounting estimates that maximize management efforts, excessive investment will occur
and the risk of future impairment will increase. On the other hand, the audit firm raises the
strength of the audit, which indicate that the accounting estimate of the manager decreases
and the deflection decreases.
Keywords:
accounting estimate, goodwill impairment, the deflection of management, accounting
estimate by auditor, Social welfare maximum standards
*
Professor, Graduate School of Management, Ritsumeikan University
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