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東園子 書評

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東 園子 著
『宝塚・やおい,愛の読み替え
女性とポピュラーカルチャーの社会学』
(新曜社,2015 年,四六判,344 頁,3,400 円+税)
辻
泉
(中央大学文学部教授)
本書は,オタクと呼ばれるほど熱心にポピュラー文化を愛好する女性たち,ある
いは彼女たちを研究する者にとって,必読にして待望の 1 冊である.というのも,
彼女たちのふるまいを理解するうえで,著者の提起する「相関図消費」という概念
が,本書の刊行前から必須のものとして知られており,より詳細にその議論が展開
されているからである.
ここでいう「相関図消費」とは,
「物語の中で提示された人間関係を元に,一定
の枠組みの中で別の人間関係を想像=創造する」ふるまいのことをいう(254-5
頁)
.本書が取り上げている宝塚歌劇と「やおい(男性同性愛を描いた女性向けマ
ンガ)」という事例に即せば,前者については「タカラジェンヌが舞台上で表現す
る異性間の恋愛や男同士の友情といった親密性を,舞台裏のタカラジェンヌ同士の
ホモソーシャリティーな絆の表れとしてとらえるもの」で,後者については「原作
で描かれる男同士のホモソーシャルな絆を恋愛的な関係として解釈するもの」であ
り,どちらも「ある物語で表される人間関係を別の関係性に読み替えている」点が
特徴的である(255 頁).今日,多くの女性オタクがこうした文化の享受をしてい
ることは,知られるとおりである.
男性オタクとの対比という点では,東浩紀が 2001 年の著作『動物化するポスト
モダン
オタクから見た日本社会』
(講談社)で提起した「データベース消費」
という概念を取り上げるとわかりやすい.東浩紀は,(主として男性)オタクが,
もろもろのコンテンツにおける物語の展開にというより,登場する美少女キャラク
ターや,その萌え要素(メガネ,ネコ耳など)に反応しているのだと指摘し,その
ふるまいは,外部のデータベースにストックされた萌え要素に「刺激 - 反応」図式
的に(いわば動物的に)反応しているのに過ぎないのだと指摘した.当時,東浩紀
は,それが男性オタクに特徴なこととまでは明示してはいなかったが,著者が「相
関図消費」という概念を提起したことで,男女それぞれのオタクの対照的な特徴
(
「キャラ萌え」か「関係性萌え」か)が明確に理解できるようになったと評価でき
よう.
だが,こうした概念整理についていえば,本書の内容に少し引っかかりを感じる
ところもある.それは大塚英志の「物語消費」論との関連を考えると見えてくる.
大塚のいう「物語消費」とは,コンテンツの受け手が,作者の提示したとおりの
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物語をなぞるというよりも,むしろある程度能動的に「物語」の創作にコミットし
ながら享受することに着目した概念である.こうしたコミットを,物語の展開に対
してだけ見る(著者曰く「狭義の物語消費」)のではなく,キャラクターの設定や
関係性のありようにまで広げて捉えるならば(同様に「広義の物語消費」)
,上記し
たような「相関図消費」も「データベース消費」もその下位概念に位置づけられる
と著者は整理している(175 頁).
だが,評者はこの整理にやや違和感を覚える.というのも,男性オタクの「キャ
ラ萌え」を捉えようとした「(後述のとおり,狭義の)データベース消費」にせよ,
女性オタクの「関係性萌え」を捉えようとした「相関図消費」にせよ,むしろそれ
らは,物語の展開をある程度度外視した自律性にこそ,その面白みがあるように思
われるからである.
そして「相関図消費」も,そこに面白みを見出すのであれば,むしろ「(広義の)
物語消費」の下位概念に位置づけてしまうより,「データベース消費」に近いもの
として,明確な差別化を図るべきではなかっただろうか.
整理すれば,主として「物語」の展開を享受する「(狭義の)物語消費」という
概念がある一方で,それとは対照的に,
「データベース」にストックされたキャラ
や関係性のバージョンや組み合わせを楽しむ「(広義の)データベース消費」があ
り,
「キャラ萌え」にあたる「(狭義の)データベース消費」も,本書でいう「関係
性萌え=相関図消費」も,その下位概念として位置づけたほうが,その画期性や面
白みがより伝わったように思うのである.
だがそうした引っかかりをもちながらなお,本書は魅力的である.というよりも,
現代のポピュラー文化の最先端に果敢に分け入った内容だからこそ,そのような論
争点が明らかになったのだと評価すべきであろう.
方法論的にも,たんにテクストを解読しただけでも,当事者のインタビューを集
めただけでもなく,親密性の社会的なコード化に関する理論的な検討を踏まえたう
えで,詳細な事例研究が展開されていて全体的に手堅い.「やおい」や「宝塚」,あ
るいは女性オタクをめぐる 1 つの事例研究にとどまらず,今日のポピュラー文化を
巡って,1 つの大きな知見をもたらしてくれた本書を,ぜひ多くの方にお読みいた
だきたいと思う.今後は,本書における知見が,他のフィールドにおいても検証が
なされるなど,さらなる応用が期待されよう.
社会学評論
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